小学校のはだし教育

1.はだし教育とは

1970年代後半以降、児童の健康増進を目的として、校内での活動を裸足で行う「はだし教育」が全国的に流行した時期がありました。

はだし教育の具体的実践内容は、「運動会や体育活動を裸足で行う」といった学校から、「夏季は校内生活全般が裸足という学校」、さらに徹底されたところでは「1年を通じて校内活動すべてを裸足で行う」というところまで様々でした。

さらに、少数ではありますが、校内だけでなく登下校時も裸足、という学校もあったようです。1校は宮崎県延岡市にある方財小学校で、「週刊サンケイ(1983年3月24日号)」に、裸足のまま授業を受ける様子や卒業写真を撮影する様子に加え、ランドセルを背負って裸足のまま通学路上を歩いている男子児童の写真も掲載されています。また、写真を紹介する文章として以下の記述もあります。

これまでは、靴を脱がなくても遊べる神社や公民館ばかりで遊んでいたんです。ところが、初めからハダシとなれば話は違う。砂浜へもよく行くようになったんです。
(中略)
副次的効果としては、町がきれいになったことだ。怪我を防ぐため町ぐるみで清掃をしているからだ。

方財小学校に関しては、1984年5月10日付の朝日新聞にも裸足登下校の記事があります。本文の内容は以下の通りですが、この記事を読むと、裸足登下校は一部児童が行っていたのではなく、全児童に広がっていたことが分かります。

宮崎県延岡市の方財小(児童数百三十三人)の場合は、通学まではだしになってしまったという。
川と海に囲まれた同地区の世帯数は三百八十で、はだしの実践は四年目。二年目あたりからはだし通学の子が増え始め、現在は全員がごく自然に靴を脱いでしまった。

そしてもう1校は富山県小杉町の中太閤山小学校で、こちらは1982年6月21日付の北日本新聞に以下の記述があります。

昨年の六年生の中には五、六人が家からはだしで登校。「危ないからやめなさい」という親の心配をよそに、気持ちよさそうに歩き続けていたという。

「学校ぐるみ」の裸足通学ではないものの、1人だけ裸足通学を実践した事例が、以下の通り1981年9月27日付の朝日新聞(広島版)に掲載されています。学校は比和町の比和小学校です。名前から察するに、裸足通学をしていたのは女子児童だと思うのですが、なかなか気合の入った子だったのでしょう。

全校児童の中でただ一人、毎日四キロの道のりをはだしで通学している五年生の●●仁美さん(一一)は「家の人からはけがでもしたら大変よ、といわれたんですが、自分から進んで始めました。はじめは痛かったけど、いまはもう平気です」と話す。

これらの学校は、児童が自主的にはだし登校、というものですが、さらに過酷なはだし登下校を行っていた学校があります。それは宮崎県都城市の明道小学校で、一年中裸足での登下校が強制されれいたようです。その様子が1980年10月7日付けの西日本新聞に紹介されていますので以下に引用します。ここまで徹底すると、すでに健康増進という目的よりも「根性を鍛える」という目的のほうに重きが置かれているように思えます。

明道小学校は、寺子屋時代の明道館から現在までスパルタ式教育が基本。したがって登校も校内生活も児童も校長以下教職員もハダシ。クツが許されているのは教職員の登下校と、児童は三―四センチの厚い霜が降りた厳しい冬の日だけ。それでも児童は元気に半そで姿にハダシで登下校している。

そして、登下校ではないものの、校外活動を裸足で行った事例もありました。norimakiが調査した範囲で最も厳しいはだし教育の実践例の一つと思われるその活動は、栃木県田沼町の野上小学校における「はだし遠足」です。朝日新聞(栃木版、1991年12月4日)に以下のように紹介されています。

四月から十月まで、子供たちは登校すると靴を脱いで裸足になり、竹踏みをしたり、一輪車に乗ったりする。昨秋の遠足では、全児童が約十四キロの道のりを裸足で歩いたという。

はだし教育の効果として、土踏まずの形成、風邪による学級閉鎖の減少、陸上競技能力の向上といった効果があった一方で、足の裏を怪我するといった問題や、地震などの災害時の安全性が確保できない、さらに感染症を防止するうえでの衛生上の問題等があり、近年裸足教育は衰退の一途を辿っているといってよいでしょう。

次項以降では、このはだし教育の開始から現在まで、そして具体的な取り組みの実践内容について詳しく見ていきたいと思います。

2.はだし教育の始まり~発展

2.1.はだし教育の始まり

ウェブサイトや文献で、はだし教育の開始時期を調べたところ、下表のようになっており、1970年代後半から実施の輪が広がり始め、1980年代に一大ブームになったと考えて良さそうです。

また、データ数が少ないので確かなことは言えませんが、下表を見ると、最初にはだし教育が取り入れられたのは1973~1976年頃の中国地方の学校で、その数年後に一気に全国に展開されていった、考えられそうです。ここに示した学校以外でもはだし教育が行われていたことが、当時の山陰中央新報の記事の中に紹介されていたのでその内容を別ページにまとめてみました。

また、地域別にみると、やはり温暖な地域が多いように思われる一方、北海道や東北地方といった寒冷な地域にまではだし教育が普及していた点は特筆されるでしょう。

1973年 仙北市立中川小学校、日南町立石見東小学校
1976年 大雄村立田村小学校、三朝町立西小学校、庄原市立水後小学校、周東町立祖生東小学校
1977年 磐田市立磐田中部小学校、豊田市立築羽小学校、中津川市立南小学校、高岡市立南条小学校、金沢市立粟崎小学校、東広島市立吉川小学校、福山市立能登原小学校、安来市立宇賀荘小学校
1978年 最上町立向町小学校、細入村立猪谷小学校、倉敷市立本荘小学校、岩国市立川下小学校、岩国市立灘小学校、周南市立徳山小学校、山口市立興進小学校
1979年 一関市立磐清水小学校、南陽市立漆山小学校、山形市立明治小学校、取手市立戸頭東小学校、横浜市立入船小学校、甲州市立奥野田小学校、南アルプス市立豊小学校、富山市立蜷川小学校、氷見市立宮田小学校、金沢市立粟崎小学校、安城市立安城東部小学校、美濃市立蕨生小学校、熊山町立小野田小学校、岩国市立装港小学校、岩国市立由宇小学校、山口市立阿知須小学校
1980年 三戸町立目時小学校、木更津市立波岡小学校、葛飾区立金町小学校、世田谷区立給田小学校、新潟市立亀田西小学校、八尾町立杉原小学校、岡山市立旭竜小学校、庄原市立比和小学校、岩国市立愛宕小学校、光市立周防小学校、高松市立築池小学校、今治市立城東小学校、糸島市立加布里小学校、串間市立本城小学校、延岡市立方財小学校、日之影町立日之影小学校、奄美市立小宿小学校
1981年 二戸市立御返地小学校、白河市立関辺小学校、新地町立駒ヶ嶺小学校、都賀町立赤津小学校、上尾市立中央小学校、春日部市立小渕小学校、沼津市立静浦小学校、下部町立古関小学校、糸魚川市立田沢小学校、射水市立塚原小学校、小杉町立中太閤山小学校、かほく市立七塚小学校、豊橋市立下地小学校、扶桑町立山名小学校、巣南町立巣南西小学校、長浜市立富永小学校、甲南町立甲南第二小学校、城陽市立富野小学校、京都教育大学附属京都小学校、高梁市立有漢西小学校、三次市立小童小学校、光市立周防小学校、山陽小野田市立埴生小学校、熊本市立桜井小学校、宮崎市立西池小学校
1982年 田村市立芦沢小学校、河内村立金江津小学校、東松山市立青鳥小学校、江戸川区立二之江第二小学校、大井町立相和小学校、塩尻市立片丘小学校、諏訪市立城北小学校、浜松市立豊西小学校、安城市立二本木小学校、豊橋市立旭小学校、高山市立清見小学校、富山市立倉垣小学校、福井市立清明小学校、東近江市立能登川東小学校、名張市立長瀬小学校、久御山町立佐山小学校、豊中市立豊島北小学校、新見市立萬歳小学校、湯梨浜町立羽合西小学校、江津市立江津東小学校、丸亀市立城北小学校、日南市立油津小学校
1983年 秋田市立仁井田小学校、盛岡市立永井小学校、高崎市立中央小学校、秦野市立上小学校、村松町立十全小学校、妙高市立新井小学校、妙高市立斐太南小学校、金沢市立浅野川小学校、鯖江市立北中山小学校、新城市立鳳来中部小学校、豊田市立伊保小学校、豊橋市立幸小学校、山県市立大桑小学校、奈良市立精華小学校、長浜市立富永小学校、姫路市立城巽小学校、笠岡市立今井小学校、岩国市立乙瀬小学校、光市立三井小学校、本渡市立下浦第一小学校、佐伯市立上野小学校
1984年 常呂町立富丘小学校、真岡市立山前南小学校、守谷町立大野小学校、高根沢町立阿久津小学校、豊橋市立向山小学校、各務原市立中央小学校、越前市立大虫小学校、尾道市立長江小学校、山口市立名田島小学校、別府市立鶴見小学校、大分市立東大分小学校
1985年 花巻市立亀ヶ森小学校、伊南村立伊南小学校、那珂市立瓜連小学校、新座市立片山小学校、名古屋市立正色小学校、御嵩町立伏見小学校、京都市立広沢小学校、別府市立北小学校
1986年 訓子府町立居武士小学校、つくば市立作岡小学校、草加市立高砂小学校、金沢市立鞍月小学校、稲沢市立六輪小学校、豊橋市立大清水小学校、豊橋市立新川小学校、新潟市立早通南小学校、富山市立古沢小学校、近江八幡市立馬淵小学校、吉野町立国栖小学校、別府市立北小学校
1987年 田沼町立野上小学校、浜松市立追分小学校、福井市立文殊小学校、宝塚市立末成小学校、広島市立梅林小学校
1988年 名寄市立中名寄小学校、豊橋市立岩田小学校、大垣市立小野小学校
1989年 佐野市立旗川小学校、喜連川町立河戸小学校、越前町立四ヶ浦小学校、広島市立筒瀬小学校
1990年 市川市立南新浜小学校、春日井市立山王小学校、豊橋市立松葉小学校、津市立村主小学校
1991年 佐伯市立最勝海小学校
1992年 大仙市立船岡小学校、京都市立待賢小学校、那覇市立久茂地小学校

2.2.はだし教育の発展

朝日新聞熊本版(1980年9月17日号)には、"ひろがるはだしの学校 熊本市内 58校中46校も"というタイトルで以下の記事が紹介されています。
熊本市内で"はだしの学校"がふえている。登校した小学生たちは、くつと靴下を脱ぐ。下校時まで裸足生活をして、ちょっぴり野性的だ。
市教委の調査だと、市内の小学校五十八校のうち、全クラスで実施しているのは三十二校。ほか十四校が一部のクラスで行っている。中学校でも体育時間は裸足で……というところも多くなってきた。

同じ熊本市で、熊本市立月出小学校の学校紹介が朝日新聞(熊本版、1982年10月29日号)にありますが、その中に以下の一文があり、やはり熊本市内におけるはだし教育の広がりが分かります。
現在市内のほとんどの小学校で実施している素足教育もすっかり定着している。教室での授業をはじめ、体育、昼休みの遊び時間も学童たちは素足で校庭を駆け回る。

norimakiの遠い記憶なのですが、中学の時のクラスメイトに熊本から転校してきた子がいて、「小学校時代は上履きが無く裸足だった」というようなことを言っていました(1980年代の話です)。

一方、北日本新聞(1984年11月24日号)には、"「はだし教育」5校に1校"というタイトルで、富山県内におけるはだし教育の実施状況について、以下の記事が紹介されています。地域による程度の差はあると思いますが、この時点ではかなりの割合の学校ではだし教育が行われていたことが伺えます。
県内二百四十五校のうち、体育の授業や業間体操の際、ズックを脱ぎ、はだしで運動しているところは五十一校、二〇・八パーセントだった。サッカーなど種目によって当然ズックばきの場合もある。中には体育の授業に限らず、登校後一日中はだしの学校もあった。

また、「九州女子大学紀要14」(1987年6月)の中に、九州女子大学、女子短期大学の学生161名の教育実習先での教育内容調査結果が出ていますが、このうち58校で「裸(素)足での学校生活」が行われていたとあります。これを比率に換算すると36%となり、温暖な気候の九州地方のデータではありますが、3校に1校の割合ではだし教育が行われていたと考えられます。

さらに、朝日新聞(1988年8月2日号)には"はだし実践もう三千校"というタイトルで、以下の内容が記述されています。
はだし教育実践の意義や、問題点などを話し合うこのシンポジウムも今年で五回目。この間、はだしと取り組んでいる園、学校は約三千校にまで増えた。
1988年の学校数を「学校基本調査」の資料から見ると、小学校が約25,000校、幼稚園が約15,000園、保育園は不明なのだが合わせると約40,000校・園となるので、上の数字と照らし合わせるとだいたい10校に1校くらいの割合ではだし教育が実践されていたと考えて良さそうです。

自治体が主導してはだし教育を推進していた事例もあります。その一つが静岡県浜松市で、「今日のはままつ」(1983年)に以下の記述があります。
裸足健康教育事業 100万円
土に触れ親しみながら子どもたちの健康づくりを目指して、県居、五島、豊西、吉野、南庄内の5つの小学校を対象に、裸足を学校生活に取り入れる健康教育を進めます。

また、「今日のはままつ」(1988年)には以下の記述があります。
・はだし健康教育校
元城小、西小、広沢小、曳馬小、三方原小、神久呂小など57校
ちなみに、同時期の市内小学校数は63校なので、実に90%以上の学校ではだし教育が取り入れられていたことになります。同じ静岡県では、磐田市でも自治体主導のはだし教育推進が行われており、こちらは何と実施率100%という驚くべき実施率です。さらに、自治体の取り組みと直接リンクしていないのかも知れないですが、浜松市内では小学校のみならず北星中学校でもはだし教育が行われていました(中学校でのはだし教育は全国でも数校しかなく、かなり珍しい取り組みだと思います)。

また、愛知県豊橋市でも自治体主導のはだし推進が行われており、その取り組み内容が「総合教育技術39(8)」小学館(1984)に以下の通り記載されています。
"ハダシ教育"でたくましい子どもにと、豊橋市教委は今年度から十年計画で市内全小学校(四十八校)の運動場を整備し、健康教育を進めていくことになった。
これは、運動量が不足しているいまの子どもたちに、素足で大地を踏ませ活力を育てようというのがねらい。


そして九州の熊本市でも、自治体主導のはだし教育推進が行われていたことが、1984年9月22日付の熊本日日新聞に書かれています。
熊本市でも五十四年十月一日の健康都市宣言以降、市教委の呼びかけでほとんどの小学校がはだしを採用


同じ熊本県内でもう一つ、本渡市でも市内一斉のはだし運動が実施されていたようで、1984年7月21日付の西日本新聞に「9月からハダシ運動 本渡市の小、中学19校で」のタイトルと共に以下の記事があります。ここでの注目は、小学校だけでなく中学校でも全校はだし運動が実施されるに至ったことでしょう。
はだしで児童、生徒の健康づくり推進を、と本渡市では市内の小、中学校十九校で「ハダシ運動」を九月から一斉に展開することになった。

3.はだし教育の実践内容

本項では、はだし教育が盛んだった1980年代の文献を中心に、当時の具体的な実践内容を見ていくこととします。これらの文献を見ると、夏季の体育活動のみはだし、というところから一年を通してすべての生活がはだし、というところまで、その活動レベルには差があることがわかります。ただ、夏季のみはだし、という学校でも児童の中には冬もはだしを貫いている子もいて、そのような子について、学校側が高く評価している様子もうかがえます。
また、完全なはだしのほか、靴下を履かずに靴を履くことが推奨されているパターンも多いです。これだと、はだし同等の健康的な効果が得られるのかよくわからないうえ、足や靴が臭くなるという問題も起こりそうですが、当時はこれも健康教育の一環、と考えられていたようです。
なお、ここに掲げていないものについては、媒体別に、はだし教育新聞記事はだし教育雑誌記事はだし教育広報記事に掲載しています。

3.1.鷹巣町立東小学校

私とはだし運動 東小6年 ●●千穂
私達の学校は保健目標で去年の春から十一月まではだし運動をしていました。
はだし運動の効果は精神的なねばり強さが付いたり、血液の循環もよくなるといった面でも健康に適している事を耳にしました。それで全校で行う事でもあるしと思い始めました。
はだし運動をやっている期間中は、かぜをひくこともほとんどなく、つくづく始めてよかったなあと思うようになりました。その代わり画びょうの注意、足の清潔にも目を配りました。木造の上をはだしで歩くのは気持ちがいいし、またそれを学校全体で競争して健康くらべをするのはいい事だと思いました。
---「広報たかのす」1986年2月1日号

3.1.山形市立明治小学校

昭和五四年六月一日より九月三〇日までを「はだしの学校」とすることにした。児童の健康増進、扁平足矯正、運動感覚育成をねらって、校舎内でははだしで生活するという試みである。これは県内三番目の実践校として、テレビや新聞にも紹介された。
「はだしの学校」は現在も続けられ、冬でもはだしで通す子供もいる。平成元年度、文部省の「体力つくり推進校」に指定されたことから、学校生活全般にわたって「はだし」を推進、朝の「さわやかタイム」では全児童がはだしでグランドを走るようにした。
---「明治小学校百年」山形市立明治小学校(1992年)

3.2.白河市立関辺小学校

本校の恵まれた自然環境を体力つくりに生かすため、芝生や学校林、校庭にはだしでじかに触れさせ、土の感触を全身で味わわせることにした。児童たちは登校時から下校時まで学校で生活している間は、冬でもはだしで活動している。
---「教育ジャーナル」学研(1985年10月)

3.3.宇都宮市立御幸が原小学校

・5年生 ●●啓子
特に私は、はだしになるのが好きで、今年は何月まではだしでいられるか、自分の心にいつもちょうせんしています。
春 あたたかい砂の上をさわやかな風といっしょに走り回る楽しさ。
夏 太陽がじりじりと照りつける地面の上をぴょんぴょんはねまわる私達。
秋 秋風の中、しっとりとした砂の上を友だちと笑いながらかけめぐる校庭。
冬 何も感じなくなった指先。でもいつの間にかぽかぽかあたたかくなってしまう足や身体。
私には、はだしの思い出がたくさんあります。はだしになっているためか、かぜをひきやすかった私はいつの間にか元気になり、学校を休むことがなくなりました。
---「創立10周年記念誌」宇都宮市立御幸が原小学校(1986年)

3.4.真岡市立山前南小学校

◇いきいきはだしっ子
子どもを取巻く便利な環境を喜んでばかりはいられない。そこで、自然とのふれあいを、「はだし」になって、大地と直接触れ合うことからはじめている。「はだしでつかむ、自然と健康」をスローガンに、春から秋にかけて学校生活は全てはだしになる。業間運動のサーキットや体育の授業はもとより、休み時間の遊びもはだしになって、自然との直接ふれあいに喜々としている。
・はだしの運動会
春から秋にかけての体育行事は「はだし」で行う。本年の運動会は「はだしでつかもう勝利と友情」をテーマにして、学年種目の他に、タテ割り遊びグループの種目も加えるように計画している。
---「教育とちぎ」栃木県教育委員会(1987年9月)

3.5.氏家町立熟田小学校

本校は「はだしの学校」とも呼ばれている。気力の充実を願って学校生活をはだしで送るからである。栃木の冬は寒いため、全校生がはだしの生活に取り組みのは十月までであるが、その後も霜の降りた校庭で、はだしでサッカーやマラソンをやったり、はだかで生活する子が生まれたりするなど気力が充実してきている。
---「初等教育資料(408)」文部省(1981年5月)

3.6.喜連川町立河戸小学校

本校では5年前から「土ふまずの形成」「大地との触れあい」「体全体の血行の促進」をねらいとして「はだしの運動」を行っている。4月から10月まで教科体育はもちろん、校庭で運動するときはすべて「はだし」である。全校生による「はだしの運動」チャレンジタイムは本校の特色の一つである。チャレンジタイムの名称は児童が名づけ、大変親しまれている。月曜日、水曜日、金曜日はサーキットトレーニング、火曜日、木曜日は全校縦割りリレー、持久走、なわとびを実施している。
---「健康教育122号」河合製薬株式会社(1994年4月)

3.7.上尾市立中央小学校

本校では、「はだしの体育」を提唱して、朝マラソン、青空タイム(業間体育)、体育授業時等、はだしで行なわれているので、偏平足の矯正に活かされている。そのためには、喜んではだしで外に出られる校庭にしておく必要があるので、職員の協力のもとに当番制にして、毎朝7時頃から、鉄わくを引き、凸凹を取り除いたりローラーで転圧して、整備されているため、どんなに大雨が降っても、3・4時間たてば必ず使える校庭になっている。 ---「中央小の体育「喜びの高まる体育学習」=はだしの体育=」上尾市立中央小学校(1983年頃)

3.8.横浜市立入船小学校

同校では五十四年六月から全校あげてのはだしの運動に立ち上がりましたから満五年になります。
午前の中休み(午前十時十分―三十分)、昼休み、それに体育の時間は、全員がはだしになります。
毎週水曜日は「全校遊びの日」と決められており、この日は生徒だけでなく教師もはだしになって校庭をかけ回ります。
(中略)
「はだしになって気持ちが良い」と答えた生徒は全体の九十%をこえていました。
---「神奈川新聞」(1984年7月13日号)

ぼくたちの学校は、かぜをひいている人以外は、ほとんどはだしだ。体育の時間は、もちろん、ふつうの授業中でもはだしになっている人が多い。このはだしのおかげで、ころんだり、かぜをひいたりする人が少ない。このはだしの運動を続けるために、朝早く石ひろいをして、けがをするのを防いでいる。また、昇降口には、休み時間が終わった時、洗った足をふくために、足ふきぞうきんを用意したり、ろう下が、水びたしにならないように、すのこもしいてある。寒くなると、みんな、はだしになるのは、つらいけど、それでも、がんばってはだしになっている。これまでのとおり、ぼくは、こういうところが、日本一のはだしの学校だと思い、入船小学校を誇りに思っている。
---「横浜・学校じまん'86」横浜市教育センター(1987年)

本校では、一年間を通じて、登校から下校まで、児童の自主性を尊重して、はだしになり、特に春・秋の運動会・毎週水曜日の中間休みの遊びの時間は、全員はだしになって活動してきた結果…(後略)
---「放送教育42巻12号」日本放送教育協会(1988年2月)

また、1988年発行の「入船小学校創立60周年記念誌」に在校生のコメントが掲載されていますが、その中にも「はだし教育」に関わるものが多くあります。以下はその一部ですが、概ね好意的にとらえられていたようです。

4年1組 ●●幸恵:お母さんの時代にはなかったはだしが私の自まんです。とても気持ちがいいので、教室でもいつもはだしです。
4年2組 ●●麻里:【はだしになって】入船小に入って、はだしになった時は、ぜんぜんなれなくて足がいたいでした。でも5ヶ月たってもう、なれました。お母さんは、「はだしはいいのよ。」といいます。私はお母さんのこのことばを5ヶ月と4週間きいています。土の上を歩いていると足が気持ちよくてたまりません。だから、いつもはだしになって歩いています。
5年2組 ●●優美子:【はだしの学校】私が初めて入船小学校に入った時、一番最初にびっくりしたのは、校庭でみんなはだしだったことです。「いたくないかな。」「気持ち悪くないかな。」って色々なことを思いました。でもみんなで交たいで、石ひろいをしているので足はぜんぜんいたくありません。気持ち悪いどころかとても気持ちよかったことを覚えています。

3.9.相模原市立新宿小学校

四の一 ●●香織
そして、「この学校がおもしろいな。」と思いました。だって、二十分休みとロングタイムは、はだしであそぶのです。はだしになってあるいたら、足がいたかったです。それは、下がじゃりだからです。クギやガラスは、おちてないかと心配してしまいました。さいしょは、とてもいたかったのですが、なれてくるとへいきです。
---「創立五周年記念誌」相模原市立新宿小学校(1988年)

3.10.櫛形町立豊小学校

まず、登校してきた子供たちは、教室にカバンを置くと、裸足になり、校庭に出て自主的にランニングをする。めいめいに日本地図を用意し、コースを10周したら北海道から順に1県ずつぬりつぶしていき、日本一周をめざしている。そしてランニングの最後には、玉砂利敷の足踏みコースをあるき、足洗い場で足を洗って建物に入る。さらに、建物の昇降口にも足洗い場があり、もう一度洗って裸足のまま教室に入る。この裸足の生活は、豊小学校では昭和54年から取り組んでおり、偏平足の予防に大きな効果を期待しているものである。
---「教育と施設(26)」文部省(1989年9月)

3.10.金沢市立粟崎小学校

はだし運動を始めた五十二年には児童数八百四十一人(男四百十三人、女四百二十八人)であった。児童数はその後八百五十人を前後している。
当初、校舎裏の砂丘を体育の時間にはだしで歩くことから始めながら、教職員、父兄の理解を得るために全力をあげた。
職員会議でもたびたびはだし運動を取り上げ、育友会総会や保健安全委員会で説明したり、授業参観日を利用した講演やパンフレット、お知らせ文書の配布の父兄や関係者への配布を何度も繰り返しながら理解と協力を求めたのである。
二年間の準備期間を経て五十四年五月より十一月まで校舎内外の全校はだし運動を開始し、以来、毎年春から秋にかけて運動を現在まで進めている。
はだしは原則として希望者とし、出来る児童には年間を通して許可している。
(中略)
児童のはだし率は、春夏秋が九十%、冬でも男二十九%、女十二%で、はだしになっている理由に、好きだ、気持ちがよいからが圧倒的に多く、体に良いからが八十%を占めた。
---「石川保険医新聞205号」石川県保保険医協会(1990年11月)

3.11.塩山市立奥野田小学校(山梨県)

本校の子どもたちは、今朝も八時二十分、放送の合図のもと校庭に集合しラジオ体操をしたあと、朝のマラソンを元気にしています。勿論、二〇一名の児童全員が、半そで・短パン・はだしです。 ---「創立100年 奥小あゆみ」塩山市立奥野田小学校(1986年)

3.12.下部町立古関小学校(山梨県)

現代っ子に多い扁平足、土ふまずに注目しよう。あんよが下手な現代人、などいくつかの新聞でとりあげたこの問題に本校が取り組んだのは、56年3月である。全校児童の足うら調査を行った結果、両足未完成者52%という実態が明らかになり、以前から土ふまずの形成には、ハダシがよいことを保健雑誌で読み実行の時をまっていたが、学校保健委員会や、PTA総会に提案して大賛成を得たことから、暖かくなる4月をまって実行にふみ切った。以後3年間4月から11月までハダシの生活をしている。1年に2回足うら調査をしてその効果をみている。
---「健康教育90号」河合製薬株式会社(1984年4月)

3.13.長野市立後町小学校

後町小学校では、夏から秋にかけて「はだしの生活」が行われています。先輩たちから受け継いできた伝統のある行事です。はだしは、上はきの時よりも気持ちいいです。
はだしの生活をしているとピカピカにみがきあげてきた廊下の感じがよくわかります。後町小が今年で終わってしまうのは残念ですが、気持ちのいい廊下をみがき続けます(5年生女子)
---「後町教育百三十七年」長野市立後町小学校(2012年)

3.14.天龍村立平岡小学校

水泳以外の全体的な縄跳び持久走をはじめとする体力づくりは、夏の水泳に備えるという目的もあり、また水泳で体得した自主性と、自信と、誇りとをもって積極的に取り組んでいった。
寒中も雪の中もショートパンツ、半袖、裸足でやり抜いた。子どもの体温によって校庭の雪もしばしばとける程であった。
---「スクール・サイエンス12(100)」環境工学社(1980年3月)

3.15.静岡市立中島小学校

1.はじめに
多少のことで骨折したり、授業中落ち着かずにキョロキョロするなど、ひ弱で過保護に育った児童が目立つという本校の実態から、子どもたちが興味をもちながら心身ともに鍛えられるようにと、昭和55年6月より「はだしの教育」が開始され、今年で5年。体育の授業や集会、遊び等、子ども達は元気に素足で校庭を駆け回っている。
(中略)
4.「はだし教育」の歩み
(1)55年度 ①登下校にはくつ下をはかない。②危険がなければ素足で運動する。③家庭ではできるだけくつ下をはかない。の三項目でスタートし、学校だよりで家庭にも協力を依頼。9月と3月に全校足型調査を実施。
(2)56年度 ①ノーソックス運動 ②体育のつどいでのはだし ③昼休み・体育の授業でのはだし ④校舎内でのはだし ⑤足型調査 ⑥かぜ・けが・欠席数の調査
(3)57年度 ①校内でのノーソックス完全化(一年を通して) ②学年別の取り組み ③全体での取り組み ④「ふみふみランド」完成 ⑤新1年生・転入児・扁平足児童の足型調査 ⑥学校保健委員会(はだしについて)
(4)58・59年度 ①校内ではノーソックス ②遊びの時ははだし ③体育授業・集会は内容によりはだし ④第二の「ふみふみランド」完成 ⑤はだしについての講演会(PTA主催)―講師 野田先生―
---「シンポジウム はだし教育と自然」全国はだし教育研究会(1985)

3.16.浜松市立河輪小学校

健康な体づくり<河輪っ子タイム>
毎週火曜日から金曜日の朝10分間、音楽に合わせ、ストレッチ体操・なわとび・マラソン等、季節に合せて種目に変化をもたせ興味づけを図りながら行なっている。兄弟学級や通学班等のたて割りグループ編成も取り入れ、体力づくりを実践する中で、学年の枠を越えた人間関係を培う場としている。5月から10月の間は、素足で取り組んでいる。
---「健康教育114号」河合製薬株式会社(1992年4月)

3.17.浜松市立東小学校

はだしが、皮膚感覚が鍛えられるとか足裏の筋肉が強くなる、内臓器官の働きによい刺激になるなどさまざまな効用がいわれている。本校でも児童の健康増進のため、昭和五十八年度よりとり入れ実践している。しかし、足洗い場の設備が不十分なため、五十八年度は前段階として二学級がとりくんだ。
とりくみの経過については、紙面の都合で省くが、寒さに対しては次のように実施した。
四月~十一月---運動場、校舎内すべてはだしですごす
十二月~二月---朝のはだしは中止。運動ぐつをはく(十二月の体育、昼間ははだしですごす)
一月~二月---はだし中止。くつだけはく
三月---運動場はくつ、校舎内はだし
---「学校体育37巻7号」日本体育社(1984年6月)

3.18.岡崎市立井田小学校

私たちは、特別の障害がない限り、すべての子どもたちにはだしの運動をすすめてきた。70分間運動・教科体育など運動場での生活は原則としてはだしである。ボールのキックや山の中、セメント舗装上、木造校舎内では、くつや上ばきをはくように指導している。
(中略)
ただし、12月~2月の厳冬期については、次の3段階を示し、子どもたちの自主的判断に任せている。
(イ)はだし (ロ)素足にくつをはく (ハ)くつ下をはいてくつをはく
今年度の11月の状況は、(イ)90% (ロ)7% (ハ)3%である。
---「太陽と土に親しみ自ら励む子の育成」岡崎市立井田小学校(1983年)

3.19.豊橋市立新川小学校

豊橋市教育委員会は、はだしの教育推進のための運動場改修及び足洗い場の設置を年次計画で進めてきたが、本校は昭和60年8月に運動場の全面改修を終え、同年11月足洗い場が完成した。
翌61年度から本格的にはだしの教育を進めることができるようになった。
実際には数年前、はだしの効用が各地で話題になり出したころ、本校ではすでに足洗い場に不便をしのぎながらも行っていた。
足洗い場ができるまでは、中庭で3か所にわかれて行列をつくり、ゴムホースで一人ずつ洗っていたので、全校児童が一斉に洗うような時はかなりの時間がかかった。
---「新川小学校85年の歩み」豊橋市立新川小学校(1987年)

3.20.豊橋市立豊小学校

『はだしで1日をすごそう』豊小のはだしの活動は5年前から始まった。人間の生活が快適で便利になっていく一方で、子どもたちは、だんだん自然から遠ざかり土を踏台にして遊ばなくなった。それが子どもたちの日常生活の基本なのに…。
物の豊かさの中に何不自由なく過ごし、耐える力を欠きがちな現代っ子たちに、たくましく立ち向かう力、体力をつけてやりたい。
『はだし』は、その一つの試みである。
---「創立10周年記念誌」豊橋市立豊小学校(1988年)

3.21.旭町立築羽小学校(愛知県)

はだしの生活は、昭和52年からの継続活動である。全校80名程の児童の40%近くが扁平足(土ふまずの形成がおくれている)であったこと、また、風邪による欠席者が多かったことなどから、素足で大地を踏ませて、元気さを取り戻してやろうという考えからである。
5月から10月まで、校内の生活はすべてはだしである。
はだしの生活の成果を確める足形は、はだしの生活の始まる5月と、終わる10月の2回記録し、一人一人のファイルに保存して指導の資料とする。
はだしによって、土ふまずのアーチがしっかりしてくることは、足の指(中指の関節)の働きが強められ、しっかり踏んばって立つ直立能力が向上し、体のバランスや、動作の機敏さなど、運動する力が確かなものとなり、朝会で倒れたり、遠足で落後するものが皆無となった。
また、常に足を清潔にする衛生的習慣や、運動場の石を進んで拾ったり、校内掲示物の画鋲の使い方を工夫するなど、安全面に対する積極的な姿勢、少しくらいの寒さや、痛さをがまんする気力がでてきた。
---「健康教育94号」河合製薬株式会社(1985年4月)

3.22.美濃市立蕨生小学校

児童は学校に来ると、はだしで運動場に出て遊びに夢中になる。始業の合図(レコード)により運動場に整列、縦割り班の班長の指導により準備体操をし、全校マラソンが始まる。
(中略)
校舎内もはだしの生活をし、くつ下・上ばきは使用しない。
12月から2がつまではくつをはかせるようにしている。これは運動量が低下するのと、しもやけにかかるからである。
体育の教材によっては、くつをはかせるようにしている。例えばサッカー等。
最初のころは足の裏が痛いようであったが、現在では痛みなどは少しも感じないようになった。
---「教育医学28(3)」日本教育医学会(1982年10月)

3.23.守山市立小津小学校

小津小学校では、毎年五月から一〇月までの半年間はどの子もはだしで学校生活を送っています。この伝統も昭和五二年度から始められたもので、小津小の大きな特色の一つになっています。足の裏は「第二の心臓」ともいわれており、そこに大地の感触と刺激を受けることは全身の神経を活性化することになると言われています。今日では土の上をはだしで歩いたり走ったりすることはほとんどありませんが、入学以来はだしの学校生活を送ってきた小津小学校の子供たちは一様に「気持ちいいー」と言います。
(中略)
このはだし運動は教育界でも注目されるようになり、平成六年一一月には中日新聞でも大きく取り上げられました。
---「守山市誌 教育編」守山市(1997年)

3.24.赤穂市立高雄小学校

昭和52年頃より、裸足の生活が始められ、16年後の現在も続いている。
土ふまずは、体をバランスよく支え、歩くときに動作を効率よくさせるバネになる。跳んだり走ったりしたときにかかる重さを和らげる等の働きがある。裸足で運動したり遊んだりする生活を、5月から11月まで、全校児童で取り組んでいる。
---「創立百二十周年記念誌」赤穂市立高雄小学校(1994年)

3.25.但東町立合橋小学校

3.はだし運動(ノーソックス、ノー上ばき)
(中略)
そこからの脱皮の第1歩として、はだし運動の展開を考えた。本校は幸いに木造の校舎である。職員全体の共通理解を図り、運動場をはだしで跳びまわるだけでなくて舎内もはだしの「ノーソックス、ノー上ばき」運動を実施することとした。
(中略)
5月末までを暫定期間とし、体育の時間は、はだしでする。なるべくくつ下をはかないことを全校生に訴えてきた。さらに朝の5分間マラソンも徐々にはだしで走るようにした。それと同時に校舎からすぐ運動場に出入りできるようにし、足洗い場を新設してもらうなど町の応援もあった。
---「兵庫教育391号」兵庫県教育委員会(1983年10月)

3.26.熊山町立豊田小学校

薄着・はだしで生活します。朝、登校したらすぎ体育の服装に着かえてくらし、上ばきも靴下もはかないで、勉強し、遊び・体育もはだしで頑張っています。運動会もはだしでした。(冬のみ靴をはく)
---「創立百周年記念誌」豊田小学校(1987年)

3.27.三朝町立西小学校

西小学校の校門をくぐり、校庭をのぞいてみたら、何かちょっと変な感じになりました。校庭でかけっこをしている生徒、ボールなげをする生徒、みんながみんな「はだし」なのです。
くつをはいた子どもたちに見なれた記者には、"はだしっ子"たちは、何か別世界の人のようにみえました。
そのうえ、おどろいたことには、生徒たちの多くが、半ズボン、半そでの薄着なのです。寒空のなかで、寒くないのだろうか。
こんどは授業中の教室をのぞいてみました。三年B組の教室です。テストのまっ最中でした。机の下からのぞいているのは"はだし"の足ばっかり。ひとりも上ばきをはいている人はいません。
---「小学五年生2月号」小学館(1977年2月)

3.28.安来市立宇賀荘小学校

学校生活において、活動を活発にすること、着替えによる時間のむだを省くこと、夏季は太陽を思いきり浴び、冬季は皮ふを鍛えることによって抵抗力を養うことなどを目的に、登校と同時に全員が体育の服装に着替え、はだしと薄着の生活を送っている。
---「健康教育77号」河合製薬株式会社(1979年4月)

3.29.美土里町立北小学校

薄着、ノーソックス
児童は登校後、体操服に着替え、ノーソックスで放課後まで生活する。寒い時期でも薄着、ノーソックスで生活することは、体の抵抗力強化とともに精神的にも効果がでている。
---「学校体育3月号臨時増刊」日本体育社(1983年3月)

3.30.岩国市立川下小学校

市内の小学校で取り入れ、健康面での成果が期待されている「はだし運動」の校内調査結果が、このほど市立川下小学校でまとまった。
同校は偏平足対策と自然に親しむことを目的に六年前から「はだし運動」を実施、毎年六月から十月まで全校児童が一斉にソックスを脱ぎ、はだしで授業を受けている。校舎内でソックスや上履きをはかないだけでなく、体育や休憩時間にグランドに出ると時も全てはだし。また、児童一人ひとりに足ふき用のタオルを持たせ、校舎の清掃にも努めている。
---「時事日本」(1984年6月9日号)

3.31.宇部市立西宇部小学校

校舎内外ではだしの生活
登校したら一日中はだしで生活し足を強くすると共に、安全に注意する習慣を身につけています。広い校地内にはガラス片など一つもなく安心して走り回ることができます。
---「教育広報389号」山口県教育委員会(1986年10月)

3.32.徳山市立櫛浜小学校

くつしたをはかない
素足の習慣を養い、足裏を刺激することによる健康の保持・増進と、素足の快感を通しての土への愛着、そして冷たさ、痛さにもできるだけ耐えようと努める心を育てる。
---「教育広報332号」山口県教育委員会(1977年5月)

3.33.徳山市立久米小学校

・昭和53年度
2.ハダシの歩行
足の裏の皮膚を強くして、血行をよくするため、6月より9月まで、「全校児童のハダシ歩行」を実施。
この期間外でも、がんばる子どもはハダシの歩行をさせる。
---「百十年のあゆみ」徳山市立久米小学校(1985)

3.34.徳山市立徳山小学校

徳山小の児童は校内では皆はだしで廊下を歩き回る。冬でも特別の事情がない限り、クツ下をはくことはない。服装も多くの子が一年中、半ソデシャツに半ズボンかスカート。それでも元気に運動場をとびはねている。
---「内外教育3200号」時事通信社(1980年11月)

3.35.防府市立牟礼小学校

健康教育の一環として、四月から十月末までは、室外、室内ともはだしを推進する。(病気やけが等の児童は除く)
また、「健康の道」を設置し丸石の上をはだしであるき、足の裏を刺激することでも健康づくりを進めている。
---「教育広報415号」山口県教育委員会(1991年2月)

3.36.山口市立名田島小学校

山口市立名田島小学校では毎年五月上旬から十一月末まで、体力づくりや自己健康管理能力の育成の一環として土踏まずの形成を目的とする「はだしの生活」を実施している。児童は原則として、①靴下をはかずに登校する②校舎内ははだしで生活する③グラウンドでは体育などで危険な場合だけ靴をはく④体育館では場合に応じて体育館シューズをはく―というものだ。
---「内外教育4335号」時事通信社(1992年6月)

3.37.高松市立築池小学校

本校では昭和55年度から「はだし運動」を実施している。この運動の起りは、夏季の水泳指導の時プ ールサイドを歩くだけで足の裏がすり減り、血の出る児童が多くみうけられた。そこで、その予防対策と、教育目標である児童の体力づくりの一環として、校医の指導のもとに始められたものである。
はだしによる効用は、
1 足の裏の筋肉を反射的に動かすトレーニングになる。
2 姿勢をよくする。
3 内臓諸器官によい刺激を与え働きをよくする。
4 足の指を開放し、力を調節する働きをする。
以上のように考えられ、単に足の裏の皮膚を強くするだけでなく、児童が健康な生活を送る上でも大 切な役割を果たすものである。
この「はだし運動」は夏だけでなく年間通して行われているが、その実行については、児童の自主性 にまかせ強要はしていない。本年で3年目を終わろうとしているが、その成果は次のようである。
1 足の裏の皮膚がじょうぶになり、夏のプール指導でも血の出る児童が一人もいなくなった。
2 冬の寒い時期でも、はだしで頑張る児童が全校の90%以上になった。
3 からだがじょぅぶになり欠席者が減り、毎日全校生の1%位であり、かぜの流行する時期でも欠席者は 2%までである。
このように「はだし運動」の成果は着々とあがっているが、学校施設の管理 (はだしなので特に、校 内安全点検の徹底)、 児童の健康管理 (特に足を洗う時等の保健指導)などを十分に行っていかなければ ならない。また、学校医とはたえず連絡をとり毎月1回、児童を対象に健康相談日をもうけ、健康診断 と共に保健指導も行ってもらっている。
以上が「はだし運動」のあらましであるが、体力づくりの一環として実施してきたものだが、単にか らだを鍛えるだけでなく、精神面の強化にも役立っている。父兄もそのよさを認め、積極的に「はだし 運動」に協力してくれてぃる。
---「学体連会報」日本学校体育研究連合会(1983年5月)(出典リンク)

3.38.春日市立天神山小学校

年間を通じて、学校生活のすべてがはだしである。ただし、冬場において、校庭が凍っているときは下ばきをはいて外に出てよいことにしている。また、十二月から三月までは、わらぞうりを校舎内ではいている。
わらぞうりをはくようにしたのは、くつをはかずに寒さをしのぎ、はだしの活動が継続できる、しかもわらぞうりのわらは、今まで慣れ親しんできた土のざらざらした感覚に似ていて、足の裏を刺激し、土ふまずの形成を促進することができると考えたからである。
---「学校体育37巻7号」日本体育社(1984年6月)

3.39.鹿児島市立西谷山小学校

朝七時三十分、登校してくる子供たちはほどんどソックスをはいていません。校舎に入るとき、きれいに靴の泥を落とし、はだしになります。子供たちの"はだしの一日"が始まります。
八時、はだしの子供たちが教室から飛び出してきます。クラスごとに決められた場所に集まり、準備してあるかごに脱いだ上着を入れ、朝の走ろう会が始まります。四~六年生の女子を除いて、全員上半身裸で十分間の駆け足です。
(中略)
ここの子供たちは、休み時間も体育の時間も一日中、校内では、はだしで活動しています。
全児童がはだしの活動を続けてきたことで、寒い冬の日でも薄着になるなど体も丈夫になり、また、子供たちに、ねばり強さと積極性が出てきたと先生たちはいいます。
---「かごしま市民のひろば228号」鹿児島市(1986年5月)

3.40.名瀬市立小宿小学校

②はだし
はだかの生活に加え、へんぺい足の矯正、瞬発力の養成、たくましい精神力を育てる等をねらって実施している。登校してから下校時まで、学校生活全体をはだしで通している。保健面や施設等の問題も検討、改善しながら進めているが、最近では、はだかとあわせ、はだしの生活が当たりまえになってきており、かぜによる欠席者の減少傾向、足の清潔に目を向けるようになった。また、廊下や教室への砂の上がりが少なくなった等、除々に効果も表われつつある。
---「鹿児島県教育委員会月報」鹿児島県教育委員会(1981年7月)

4.はだし教育の経験談

前項でみたようなはだし教育を、実際に経験した人の感想はどのようなものであったのか、インターネット掲示板に出ていたものを中心に集めてみました。これらの感想を見ると、「足を怪我する」「足の裏が汚れる」といったトラブルはあったものの、否定的なとらえ方をされている例は少ないように思われます。

4.1.釧路市立湖畔小学校

はじめまして!自己紹介遅くなってすみません。
96年(95年度)卒業の者です。たしか78期だったような。。
はだし運動は姉のときはまだやっててぼくが入学した年に なくなったんですよね。幼いながらも姉が帰ってきたときの 足のにおいがやばかったことをおぼえてます。。
マラソン大会も僕が一年のとき年一回になったんですよね。 まじなつかしいです。。。(1996年卒・男子)

4.2.酒田市立松陵小学校

学校でベルマーク集めて一輪車買ったり、あと裸足運動とかありましたよね? たまに画びょう踏んで痛い思いもしましたが。。。 木造校舎も大好きでした!!(1977年生・???)

裸足運等でしたっけ?裸足っ子運動って私は覚えてましたけど・・・。最近職場の後輩にこの運動の話をしたんですが、他の学校では全くしてないみたいですね。当時は全国的にやっている取り組みたと思っていたのですが(1977年生・男子)

4.3.新座市立片山小学校

運動会も裸足、体育も裸足。しかもタオルを使った体操までありました。
中庭からの入り口には、足洗い場がありました。
裸足教育のおかげで、怪我がたえなかったです。(1977年生・女子)

4.4.四街道市立大日小学校

裸足の学校がうりだったのにさびしいです
扁平足だったのに、卒業するころにはアーチができたのも裸足のおかげ
保健の先生のお仕事は減ったのでしょいか
足の裏切ったり、足の爪割ったりの流血沙汰が日常茶飯事だったもんなぁ
外も裸足やめたんですかね?
雨上がりのぬかるんだ校庭の感触きもちよかったなぁ
(1975年生)

4.5.浜松市立気賀小学校

たしかに、真冬でも半そで半ズボン裸足でしたね。
なつかしい・・・(1977年度生・男子)

はじめまして 昭和49、50年生まれのが同級生ですが、いますか??
当時は真冬でも半袖半ズボン裸足でしたっけ。。(1974年度生・女子)

4.6.金沢市立粟崎小学校

私がいた当時は裸足運動というものをやっていて、素足に外履きで登校し、校内や運動場は裸足で駆けずり回ってました。運動場から校内へ戻るときは足洗い場で砂を落としてから入ってました。(1972年生・男子)

4.7.塩尻市立片丘小学校

木の床を、中庭の芝生を、石廊下を、石の無いグランドを、はだしで歩くのは気持ちがよかった。
一日はだしで過ごしたなんて、あのころはそういうもんだと思ってたけど、そうそうない貴重な経験だったんだなあと。(1979年生・男子)

4.8.木祖村立木祖小学校(長野県)

裸足の生活が印象に残っています。
冬の寒い日でも一年中、 学校の中はもちろん校庭で裸足で駆け回っていました。(1977年生・男子)

4.9.岡崎市立井田小学校

朝のマラソン?も体育の時間も雪が降ろうが、 一年間ずーぅっと裸足でしたね。
おかげでしっかりと土踏まずができました。
運動場の小石ひろいとか、 ウサギのうんこひろいもよくやりましたね。(1967年生・男子)

4.10.豊田市立畝部小学校

あたしも「素足と薄着の畝部っ子」で育ちましたよ(^-^)
あの頃は元気だったね~ヽ(´ー`)ノだって、素足で1年過ごせたし、しかも半袖半ズボンだった( ̄ω ̄)
懐かしいです。今では無理です。(1979年生・女子)

4.11.豊橋市立鷹丘小学校

はだしの生活、、、
懐かし過ぎる笑!!!!!
確かに、今では考えられないですよね。。。
裸足で歩き回るなんて!!
校庭の大きい石とか、ガラスの破片とか、 危ないものを定期的に全校生徒で拾い集める時間があったのを覚えてます。
裸足で全力で走ると、足の裏がヒリヒリと痺れるんですよね。。(1979年頃生・男子)

4.12.守山市立小津小学校

僕たちの時代は、裸足運動なるものがあり、 教室、校庭などありとあらゆるところを裸足で 歩いていた記憶があります。 押しピン踏んだりもしましたが、 今でもやっているのでしょうか?(1975年頃生・男子)

実は…転校生だったので、裸足運動をムシして上靴履いてました(笑)かなりアレは衝撃的でしたねぇ 足の裏、めっちゃ汚いや~ん ってかなり引きぎみでした!!でも、いつ頃からか自分も裸足やったケド(1981年生・女子)

そうです、裸足運動!!
わたしも画びょう踏んでましたが、みんな踏んで血出してた
あの頃の野生児っぷりがなつかしーです。(1975年生・女子)

裸足運動はたしか4年ぐらいまでは廊下(校舎内)も裸足だったけど、5年(?)から校舎内は上靴を履くように言われてたのを覚えてます
あと、市の体育祭で真っ先に裸足になったり、南中の体育の授業で50m走のとき裸足になるのが小津出身だとよく言われてました(1985年生・男子)

4.13.大阪市立榎並小学校

夏の裸足の生活の時、二時間目の終わりの休憩が少し長い日があって、その時間に運動場に出て、小石を一人10個拾わされたこともありました。
裸足の生活最終の日は、足型も取られましたよ!
土踏まずの凹みに、かなり驚いたものです(笑)(1974年生・女子)

画びょう。。。刺さった記憶あります!(笑)掲示板などに、何か貼る時、画びょうでも落とそうものなら、みんなにブーブー言われたもんです。
それと、机の脚や、ロッカーで、やたらと足の指をぶつけました。あの瞬間は、ほんと、声なんて出ないですね(笑)(1974年生・女子)

4.14.和歌山市立大新小学校

なんといってもあのクソ寒いのに
はだしマラソン!!
みんなの土踏まずはあれでできましたね♪
もう今はなくなったみたいやけど♪時代かなぁ。(1997年頃卒・女子)

4.15.下松市立花岡小学校

4年生ぐらいから卒業まで、校舎の中外関係なく、登下校時以外は、いつもはだし!という”はだし運動”ってのがあったと覚えています。
もちろん、夏も冬も関係なく、運動会もはだしだったと思います。(1981年度卒・男子)

4.16.下関市立名池小学校

あと6年間裸足生活でしたよね!
雪の日に裸足でサッカーした記憶があります。。。(1973年生・女子)

4.17.北九州市立青山小学校

よく6年間、寒い冬など関係なく裸足ですごしていたな~と関心してます。(1982年生・女子)

冬の廊下は裸足に応えましたねー。
1年間裸足の子は学年末に賞状もらってた記憶があります。
(私はもちろん冬の初めにギブでしたけれど)(1975年度生)

4.18.北九州市立足原小学校

裸足教育だとかで外でも教室でも裸足でいた事は覚えています(笑)(1982年度卒・女子)

私は6年間ほぼ半そで裸足でがんばってましたw
半分意地ですが…。(1979年生・女子)

4.19.春日市立春日原小学校

春日原小学校 大好きでしたぁ
やっぱり、はだし運動ですよねーッ
あれは、なかなかおもしろいものだったなぁって今でも思います
はだしで じゃり道で鬼ごっこしたり、けむしを踏みそうになったり・・・ (1980年生・女子)

4.20.前原市立雷山小学校

夏は、上靴も履かず、裸足で授業受けて、そのまま中庭に裸足で出かけて、足洗ってまた裸足で授業受けてた・・と人に言うと驚かれます。(1976年生・女子)

4.21.長崎市立磨屋小学校

朝だけでなく校内は常に裸足。ささくれた床板で 足の裏に木片が刺さるけど、それでも裸足。卒業する年 ぐらいにようやく床がきれいになったような。(1975年生・男子)

4.22.別府市立緑丘小学校

なつかしいですー、裸足の生活。
落ちてる給食のおかずとか踏んじゃうと、悲しかったな…。(1991年頃卒・女子)

4.23.鹿児島市立西谷山小学校

西谷山の思い出・・・裸足で走った朝の走ろう会かな!
冬になると校庭に霜が降りて足がかじかんで痛かったのを覚えてます!!(1979年生・男子)

4.24.そのほかの学校

このページをご覧になられた方から、はだし教育の体験談をメールでいただきました(福岡県内の小学校とのことです)。大変貴重なお話でしたので、学校名を伏せたうえで紹介したいと思います。
メールくださった方、もし削除したほうがよろしければお手数ですが、メールフォームよりご連絡いただけたらと思います。

1982年生まれです。私の小学校では裸足推奨でほとんどの子が冬以外は裸足だったのと、週4日朝イチにグラウンドで全生徒が裸足強制で体操5分+ランニング5分を行っていました。

冬の凍てつく砂利とか、毎日昼休みにはみんな裸足でグラウンドで遊んでいたのが懐かしいです。

更に、冬以外は半袖短パンの体操服で朝から夕方まで過ごすという決まりもあったので(授業中も体操服)本当に健康的な生活だったと思います。体操服に裸足ならどれだけ汚れてもいいから毎日思いっきり走り回っていました。 アルバムにはみんな給食を体操服+裸足で食べている様子が載っています。

裸足は気持ちいいし、土踏まずの大きさが気持ち悪いくらい大きかったので足裏の筋肉がかなりついていたんだろうと思います。

5.はだし教育の衰退

冒頭でも書いた通り、安全面や衛生面の問題から、近年はだし教育は衰退の一途を辿っているといってよいです。そこに2020年以降の新型コロナウイルスの流行が重なり、現在、校内生活のすべてを裸足で行っているという、昔ながら(?)のはだし運動を実践している学校がほとんどないように思われます。直近にはだし教育を廃止・縮小した学校の状況を以下に記します。

5.1.2010年代の動き

校舎内で上履きを履かずに裸足で生活していた学校のうち、以下の学校では2010年代に上履き着用に変更になりました。

金沢市立浅野川小学校(2014年廃止)、広島市立古市小学校

5.1.2020年度以降はだし教育を廃止

京都市立広沢小学校:2019年度までは夏季の間校舎内外での活動が裸足でしたが、2020年度以降は上履き着用に変更。

5.3.2022年度以降はだし教育を廃止

福山市立能登原小学校:同校の生徒指導規定(2021年度版)に「学校へ来たら靴下をぬいで素足になります」とあるように学校生活全般ではだし教育が行われていましたが、2021年度末を以て閉校。

本項の最後に、はだし教育が中止された時期を年表形式でまとめてみました。表中の(閉校)とあるのは、閉校時まではだし教育が続けられていたという意味です。
1987年 日南市立油津小学校
1996年 豊中市立豊島北小学校
1998年 花巻市立亀ヶ森小学校
2011年 白河市立関辺小学校、横浜市立入船小学校
2013年 長野市立後町小学校(閉校)
2014年 金沢市立浅野川小学校
2022年 福山市立能登原小学校(閉校)

6.現在のはだし教育(2024年度)

訓子府町立居武士小学校:夏季の間は校内での生活が基本的に素足+草履履き。参考記事はこちら

春日部市立小渕小学校:校庭での活動で一部の児童が裸足。

東松山市立青鳥小学校:5月~9月の間すあしの生活。一部の児童が校内裸足で生活。

宮代町立笠原小学校:4月~10月の間は基本的に裸足で生活。

小平市立小平第十三小学校:6月4日~運動会までの間の中休み、昼休みは芝生校庭の上を裸足で遊ぶ(裸足のふれあいタイム)。

扶桑町立山名小学校:5月に、「うすぎ・はだし週間」を設定し校庭での裸足遊びを実施

蟹江町立学戸小学校:校内での生活を上履きと素足+草履履きから選べるようにしています。

京都市立乾隆小学校:夏季の間、校庭での裸足遊び(「はだしの生活」)を実践。

なぎさ公園小学校(広島県):立夏~立冬の間は校内での生活が素足+草履履き、校庭での活動が裸足。

安芸高田市立美土里小学校:一部の児童が校舎内で裸足。前年度まではほとんど全員裸足だったが、今年度はその割合が大きく減少。

大野城市立御笠の森小学校:毎朝10分間の校庭での運動(さわやかタイム)を裸足で実施。

鳥取県、島根県の一部地区では、夏季の間上履きに代わって素足+草履履きを実践している学校があります。2022年と比較した場合、鳥取県中部の状況はあまり変わりませんが、島根県での実践状況はかなり大きく変わり、実施校はほとんど見られなくなってしまいました。

倉吉市立西郷小学校、倉吉市立河北小学校、倉吉市立明倫小学校、倉吉市立打吹小学校、倉吉市立上灘小学校、倉吉市立小鴨小学校、倉吉市立久米小学校、倉吉市立関金小学校
湯梨浜町立羽合小学校、湯梨浜町立泊小学校、湯梨浜町立東郷小学校
三朝町立三朝小学校
北栄町立北条小学校
琴浦町立浦安小学校、琴浦町立聖郷小学校、琴浦町立八橋小学校
出雲市立出東小学校
雲南市立阿用小学校

7.現在のはだし教育(過年度分)

詳細はここをクリック

7.1.現在のはだし教育(2023年度)

訓子府町立居武士小学校:夏季の間は校内での生活を上履きと素足+草履履きから選べるようにしています。2023年度は6月19日より素足+草履履きが可能となりました。

宮代町立笠原小学校:校舎内外を問わず一日中裸足の生活。

東松山市立青鳥小学校:校舎内外で裸足(校内裸足は一部の児童)。裸足で遊べる「すあし川」を設置。

渋谷区立千駄谷小学校:9月1日~10月31日の間、芝生校庭を裸足で遊んだり体育の授業を行う「裸足月間」を設定。この取り組みは2023年度より開始とのことで、裸足教育が減少の一途を辿る中で、新規取り組み開始というのは明るいニュースだと思います。

練馬区立中村小学校:10月に「はだしウィーク」を設定し、中休みに芝生校庭の上を裸足で遊ぶ。

小平市立小平第十三小学校:5月16日~運動会までの間の中休み、昼休みは芝生校庭の上を裸足で遊ぶ。

多摩市立南鶴牧小学校:芝生校庭を裸足で遊ぶ「芝生の日」を設定。

扶桑町立山名小学校:5月に、「うすぎ・はだし週間」を設定し校庭での裸足遊びを実施

蟹江町立学戸小学校:夏季の間は校内での生活を上履きと素足+草履履きから選べるようにしています。ただ、素足+草履履きを選択している児童は多くありません。

京都市立乾隆小学校:夏季の間、校庭での裸足遊び(「はだしの生活」)を実践。

なぎさ公園小学校(広島県):立夏~立冬の間は校内での生活が素足+草履履き、校庭での活動が裸足。

安芸高田市立美土里小学校:校舎内外で裸足。

大野城市立御笠の森小学校:2019年度までは校舎内裸足でしたが、2020年度以降は上靴着用に変更。朝のジョギングは裸足で実施。

鳥取県、島根県の一部地区では、夏季の間上履きに代わって素足+草履履きを実践している学校があります。2022年と比較した場合、鳥取県中部の状況はあまり変わりませんが、島根県での実践状況はかなり大きく変わり、実施校はほとんど見られなくなってしまいました。

倉吉市立西郷小学校、倉吉市立河北小学校、倉吉市立明倫小学校、倉吉市立成徳小学校、倉吉市立上灘小学校、倉吉市立小鴨小学校、倉吉市立上小鴨小学校、倉吉市立北谷小学校、倉吉市立高城小学校、倉吉市立社小学校、倉吉市立上北条小学校、倉吉市立関金小学校
琴浦町立赤碕小学校、琴浦町立浦安小学校、琴浦町立聖郷小学校、琴浦町立八橋小学校
北栄町立大栄小学校
三朝町立三朝小学校
湯梨浜町立東郷小学校、湯梨浜町立泊小学校、湯梨浜町立羽合小学校
出雲市立出東小学校
雲南市立寺領小学校

7.2.現在のはだし教育(2022年度)

校内の生活全般でのはだし教育が激減する一方で、体育授業や休み時間といったように時間を限定して裸足を取り入れている学校、草履や芝生校庭を活用したはだし教育を取り入れている学校はいくつかあるので、本項ではそれらの実践状況(2022年)を内容別に見ていくことにします(赤文字部分は、はだし教育の実施校名です)。

7.2.1.校内生活全般が裸足の学校

2022年時点で校舎内外を問わず一日中裸足の生活を送っている学校としては、埼玉県の宮代町立笠原小学校、広島県の安芸高田市立美土里小学校の2校のみであるように思われます。

7.2.2.校庭での裸足遊びを取り入れている学校

休み時間に裸足遊びを取り入れている学校の事例を紹介します。いずれも2022年時点での実践校です。

甲州市立奥野田小学校:週3回実施の朝の全校マラソン(「すあしマラソン」)を裸足で実施

扶桑町立山名小学校:10月11日~21日の間、うすぎ・はだし週間を設定し校庭での裸足遊びを実施(2020年、2021年は実施されず3年ぶり)

津市立村主小学校:夏季の間、休み時間に校庭での裸足遊びを実践。

京都市立乾隆小学校:夏季の間、校庭で裸足を実践(2020年、2021年は実施されず3年ぶり)

大野城市立御笠の森小学校:2019年度までは校舎内裸足でしたが、2020年度以降は上靴着用に変更。朝のジョギングは裸足で実施。

春日市立天神山小学校:2021年度までは校舎内外の活動先般が裸足でしたが、2022年度以降は校内では上靴着用に変更。「わんぱくウォーク」「休み時間の外遊び」「体育授業(校庭)」は裸足を継続。

7.2.3.夏季の草履素足+草履履き実践

夏季の間、上履きに代わって素足+草履履きを実践している学校があるので、その状況を列挙します。こちらも2022年時点での実践校となります。

訓子府町立居武士小学校:夏季の間は校内での生活を上履きと素足+草履履きから選べるようにしています。2022年度は6月20日より素足+草履履きが可能となりました。冬季(1月)でも草履履きを継続している児童も見られます。

蟹江町立学戸小学校:夏季の間は校内での生活を上履きと素足+草履履きから選べるようにしており、半数程度の児童が素足+草履履きを選択しているようです。

なぎさ公園小学校(広島県):夏季の間は校内での生活が素足+草履履き、校庭での活動が裸足になります。2022年度は5月6日より実施。

7.2.4.山陰地方の実践例

鳥取県、島根県の一部地区では、夏季の間上履きに代わって素足+草履履きを実践している学校があります。年々実施校の数は少なくなっている傾向にあるものの、2022年時点では以下の学校で実施されています。

倉吉市立西郷小学校、倉吉市立明倫小学校、倉吉市立成徳小学校、倉吉市立上灘小学校、倉吉市立小鴨小学校、倉吉市立上小鴨小学校、倉吉市立北谷小学校、倉吉市立高城小学校、倉吉市立灘手小学校、倉吉市立関金小学校
琴浦町立赤碕小学校、琴浦町立八橋小学校、琴浦町立浦安小学校
北栄町立大栄小学校
三朝町立三朝小学校
湯梨浜町立東郷小学校、湯梨浜町立泊小学校、湯梨浜町立羽合小学校
出雲市立稗原小学校、出雲市立窪田小学校、出雲市立須佐小学校、出雲市立大社小学校、出雲市立遥堪小学校、出雲市立出東小学校
雲南市立掛合小学校、雲南市立佐世小学校、雲南市立鍋山小学校、雲南市立田井小学校、雲南市立阿用小学校、雲南市立寺領小学校

7.2.5.芝生校庭を利用したはだし教育

はだし教育は健康上のメリットがあるものの、怪我防止といった安全面での問題があり衰退していったのだが、この問題を極小化しつつメリットを延ばす、といった目的で「校庭の芝生化」を活用している学校があります。こちらも2022年の実施校を見ていきます。

練馬区立中村小学校:10月に「はだしウィーク」を設定し、中休みに芝生校庭の上を裸足で遊ぶ。

小平市立小平第十三小学校:6月~10月の中休み、休み時間は芝生校庭の上を裸足で遊ぶ。

多摩市立南鶴牧小学校:芝生校庭を裸足で遊ぶ「芝生の日」を設定。2022年度の初回は4月19日。

7.2.6.そのほかのはだし教育

田原市立泉小学校:朝会時にはだしで歩く「ゆび歩き」を実践

8.はだし教育実践校一覧

今までに具体的事例を紹介してきた学校を含め、文献やインターネット上ではだし教育の実践が確認できた学校の一覧を以下にまとめました(なお、対象は1975年以降の実践校とした)。これを見ると、北海道から沖縄に至るまで、全国ではだし教育が実践されていたことがわかりますが、特に愛知県、広島県、山口県、福岡県、鹿児島県等では活発に行われていたものと思われます。特に、愛知県豊橋市における実践校の多さが目を引きますが、これは先述の通り、教育委員会がはだし教育推進に協力的で、校庭や足洗い場の整備を積極的に進めてきたことと関係していると思われます。
また、山口県では「たくしましい防長っ子を育てましょう」、鹿児島県では「山坂達者」といった県下挙げての体力作りを行っており、その中ではだし教育が取り入れられたことも影響していると考えられます。

8.1.北海道

釧路市立湖畔小学校、苫小牧市立若葉小学校、名寄市立中名寄小学校、美唄市立東栄小学校、訓子府町立居武士小学校、小清水町立北陽小学校、士幌町立新田小学校、常呂町立富丘小学校

8.2.青森県

五所川原市立松野木小学校、八戸市立三条小学校、三沢市立根井小学校、三戸町立目時小学校、木造町立越水小学校、木造町立出来島小学校

8.3.岩手県

釜石市立栗林小学校、釜石市立白浜小学校、遠野市立鱒沢小学校、二戸市立石切所小学校、二戸市立上斗米小学校、二戸市立御返地小学校、花巻市立亀ヶ森小学校、盛岡市立月が丘小学校、盛岡市立永井小学校、一戸町立一戸南小学校、紫波町立星山小学校、住田町立下有住小学校、山田町立山田北小学校

8.4.宮城県

石巻市立門脇小学校、石巻市立湊小学校、仙台市立木町通小学校、仙台市立八木山小学校、名取市立愛島小学校、東松島市立矢本西小学校、七ヶ浜町立汐見小学校

8.5.秋田県

秋田市立泉小学校、秋田市立仁井田小学校、北秋田市立竜森小学校、仙北市立中川小学校、大仙市立角間川小学校、大仙市立船岡小学校、能代市立渟城第二小学校、八峰町立岩館小学校、大雄村立田村小学校

8.6.山形県

尾花沢市立常盤小学校、酒田市立泉小学校、酒田市立内郷小学校、酒田市立松陵小学校、鶴岡市立朝賜第六小学校、天童市立高擶小学校、天童市立天童南部小学校、南陽市立漆山小学校、村山市立大久保小学校、山形市立南小学校、山形市立明治小学校、米沢市立窪田小学校、大石田町立駒籠小学校、金山町立金山小学校、高畠町立屋代小学校、最上町立向町小学校

8.7.福島県

いわき市立小玉小学校、郡山市立小原田小学校、白河市立関辺小学校、田村市立芦沢小学校、福島市立矢野目小学校、下郷町立江川小学校、新地町立駒ヶ嶺小学校、塙町立塙小学校、南会津町立伊南小学校

8.8.茨城県

鹿嶋市立大同西小学校、つくば市立作岡小学校、取手市立戸頭東小学校、那珂市立瓜連小学校、水戸市立柳河小学校、守谷市立大野小学校、河内村立金江津小学校、美保村立安中小学校

8.9.栃木県

宇都宮市立戸祭小学校、宇都宮市立瑞穂野北小学校、宇都宮市立御幸が原小学校、大田原市立佐良土小学校、さくら市立熟田小学校、佐野市立田沼小学校、佐野市立野上小学校、佐野市立旗川小学校、佐野市立三好小学校、那須塩原市立南小学校、栃木市立赤津小学校、真岡市立山前南小学校、喜連川町立河戸小学校、喜連川町立鷲宿小学校、高根沢町立阿久津小学校、那賀川町立薬利小学校

8.10.群馬県

渋川市立刀川小学校、高崎市立上郊小学校、高崎市立中央小学校、富岡市立黒岩小学校

8.11.埼玉県

上尾市立中央小学校、春日部市立小渕小学校、加須市立種足小学校、川越市立川越西小学校、坂戸市立上谷小学校、狭山市立柏原小学校、草加市立高砂小学校、新座市立片山小学校、飯能市立西川小学校、東松山市立青鳥小学校、宮代町立笠原小学校

8.12.千葉県

市川市立新浜小学校、市川市立南新川小学校、市原市立戸田小学校、柏市立手賀西小学校、佐原市立津宮小学校、千葉市立長作小学校、富津市立大貫小学校、富津市立竹岡小学校、茂原市立二宮小学校、四街道市立大日小学校、九十九里町立片貝小学校、東庄町立橘小学校

8.13.東京都

江戸川区立二之江第二小学校、葛飾区立金町小学校、新宿区立淀橋第一小学校、世田谷区立給田小学校、小金井市立前原小学校

8.14.神奈川県

川崎市立長尾小学校、横浜市立入船小学校、相模原市立磯野台小学校、秦野市立上小学校、大井町立相和小学校、真鶴町立岩小学校

8.15.新潟県

糸魚川市立田沢小学校、魚沼市立伊米ヶ崎小学校、魚沼市立小出小学校、小千谷市立小千谷小学校、五泉市立十全小学校、佐渡市立相川小学校、上越市立中郷小学校、十日町市立十日町小学校、長岡市立川崎東小学校、長岡市立神田小学校、長岡市立新町小学校、新潟市立大鷲小学校、新潟市立上山小学校、新潟市立中野山小学校、新潟市立早通南小学校、新潟市立東青山小学校、見附市立新潟小学校、妙高市立新井小学校、妙高市立斐太南小学校

8.16.富山県

射水市立片口小学校、射水市立塚原小学校、射水市立中太閤山小学校、小矢部市立東部小学校、高岡市立石堤小学校、高岡市立戸出西部小学校、高岡市立南条小学校、富山市立奥田小学校、富山市立小見小学校、富山市立倉垣小学校、富山市立五番町小学校、富山市立新庄小学校、富山市立杉原小学校、富山市立蜷川小学校、富山市立八人町小学校、富山市立速星小学校、富山市立古沢小学校、富山市立山室小学校、氷見市立宮田小学校、上市町立宮川小学校、平村立東中江小学校、細入村立猪谷小学校

8.17.石川県

加賀市立橋立小学校、金沢市立浅野川小学校、金沢市立朝日小学校、金沢市立粟崎小学校、金沢市立扇台小学校、金沢市立鞍月小学校、金沢市立大徳小学校、かほく市立金津小学校、かほく市立七塚小学校、小松市立串小学校、小松市立東陵小学校、珠洲市立西部小学校、白山市立白峰小学校、輪島市立西二又小学校、志賀町立上熊野小学校、志賀町立土田小学校、辰口町立中央小学校、田鶴浜町立田鶴浜小学校、能登町立鵜川小学校

8.18.福井県

越前市立大虫小学校、越前市立北新庄小学校、坂井市立大石小学校、鯖江市立北中山小学校、敦賀市立粟野南小学校、福井市立清明小学校、福井市立文殊小学校、福井市立社北小学校、越前町立四ヶ浦小学校、高浜町立高浜小学校、和泉村立大納小学校

8.19.山梨県

甲州市立祝小学校、甲州市立奥野田小学校、南アルプス市立豊小学校、市川三郷町立大塚小学校、下部町立古関小学校、南部町立栄小学校、南部町立睦合小学校

8.20.長野県

飯田市立松尾小学校、駒ヶ根市立赤穂南小学校、塩尻市立片丘小学校、諏訪市立城北小学校、長野市立後町小学校、阿南町立大下条小学校、小布施町立栗ガ丘小学校、信濃町立野尻湖小学校、下諏訪町立下諏訪北小学校、木祖村立木祖小学校、天龍村立平岡小学校

8.21.岐阜県

大垣市立荒崎小学校、大垣市立小野小学校、海津市立高須小学校、各務原市立尾崎小学校、各務原市立各務小学校、各務原市立中央小学校、可児市立南帷子小学校、下呂市立萩原小学校、関市立南ヶ丘小学校、高山市立江名子小学校、高山市立清見小学校、多治見市立根本小学校、中津川市立南小学校、羽島市立小熊小学校、山県市立大桑小学校、安八町立名森小学校、池田町立宮地小学校、御嵩町立伏見小学校、大和町立北小学校、谷汲村立横蔵小学校、大和村立南小学校

8.22.静岡県

磐田市立磐田中部小学校、磐田市立青城小学校、静岡市立梅ヶ島小学校、静岡市立城北小学校、静岡市立中島小学校、島田市立初倉小学校、島田市立六合東小学校、沼津市立静浦小学校、浜松市立河輪小学校、浜松市立気賀小学校、浜松市立県居小学校、浜松市立五島小学校、浜松市立下阿多古小学校、浜松市立西都台小学校、浜松市立滝沢小学校、浜松市立豊西小学校、浜松市立東小学校、南伊豆町立南中小学校

8.23.愛知県

愛西市立勝幡小学校、安城市立安城東部小学校、安城市立作野小学校、安城市立二本木小学校、一宮市立浅井中小学校、稲沢市立稲沢北小学校、稲沢市立六輪小学校、大府市立共長小学校、岡崎市立井田小学校、岡崎市立生平小学校、岡崎市立連尺小学校、尾張旭市立白鳳小学校、春日井市立山王小学校、蒲郡市立蒲郡南部小学校、小牧市立光ヶ丘小学校、新城市立八名小学校、新城市立鳳来中部小学校、瀬戸市立掛川小学校、高浜市立港小学校、知多市立旭東小学校、知多市立岡田小学校、豊田市立伊保小学校、豊田市立畝部小学校、豊田市立敷島小学校、豊田市立築羽小学校、豊橋市立旭小学校、豊橋市立磯辺小学校、豊橋市立岩田小学校、豊橋市立大崎小学校、豊橋市立大清水小学校、豊橋市立賀茂小学校、豊橋市立幸小学校、豊橋市立下地小学校、豊橋市立鷹丘小学校、豊橋市立津田小学校、豊橋市立羽根井小学校、豊橋市立細谷小学校、豊橋市立松葉小学校、豊橋市立向山小学校、豊橋市立豊小学校、名古屋市立正色小学校、西尾市立一色南部小学校、みよし市立三吉小学校、弥富市立栄南小学校、安八町立名森小学校、蟹江町立学戸小学校、扶桑町立山名小学校、美浜町立河和小学校

8.24.三重県

伊賀市立壬生野小学校、津市立村主小学校、四日市市立笹川西小学校、四日市市立三重北小学校、四日市市立三浜小学校、朝日町立朝日小学校、嬉野町立中郷小学校、多気町立外城田小学校、美杉村立川上小学校

8.25.滋賀県

近江八幡市立馬淵小学校、近江八幡市立老蘇小学校、長浜市立富永小学校、東近江市立能登川東小学校、守山市立小津小学校

8.26.京都府

宇治市立菟道小学校、京田辺市立桃園小学校、京丹後市立川上小学校、京都市立乾隆小学校、京都市立待賢小学校、京都市立朱雀第八小学校、京都市立広沢小学校、京都市立山階小学校、城陽市立富野小学校、向日市立第四向陽小学校、八幡市立八幡東小学校、久御山町立佐山小学校、京都教育大学附属京都小学校

8.27.大阪府

大阪市立榎並小学校、柏原市立堅下南小学校、豊中市立豊島北小学校

8.28.兵庫県

赤穂市立高雄小学校、尼崎市立成文小学校、川西市立加茂西小学校、神戸市立小部小学校、神戸市立美野丘小学校、宍粟市立染河内小学校、宝塚市立末成小学校、豊岡市立合橋小学校、姫路市立城巽小学校

8.29.奈良県

奈良市立精華小学校、吉野町立国栖小学校、十津川村立西川第一小学校、奈良女子大学附属小学校

8.30.和歌山県

御坊市立野口小学校、和歌山市立大新小学校、太地町立太地小学校

7.31.鳥取県

鳥取市立佐治小学校、鳥取市立津ノ井小学校、鳥取市立浜坂小学校、鳥取市立明徳小学校、米子市立大篠津小学校、米子市立加茂小学校、米子市立住吉小学校、米子市立伯仙小学校、岩美町立東小学校、日南町立石見東小学校、北栄町立大栄小学校、三朝町立西小学校、智頭町立那岐小学校、八頭町立郡家西小学校、湯梨浜町立花見小学校、湯梨浜町立羽合西小学校、日吉津村立日吉津小学校

8.32.島根県

出雲市立朝山小学校、出雲市立今市小学校、出雲市立上津小学校、出雲市立大津小学校、出雲市立乙立小学校、出雲市立久多美小学校、出雲市立国富小学校、出雲市立窪田小学校、出雲市立神戸川小学校、出雲市立鳶巣小学校、出雲市立稗原小学校、雲南市立田井小学校、江津市立江津東小学校、大田市立池田小学校、大田市立大代小学校、浜田市立雲雀丘小学校、浜田市立美川小学校、松江市立玉湯小学校、安来市立宇賀荘小学校、佐田町立西須佐小学校、安来市立南小学校、隠岐の島町立都万小学校、津和野町立津和野小学校、津和野町立日原小学校、西ノ島町立浦郷小学校、広瀬町立東比田小学校、吉賀町立柿木小学校

8.33.岡山県

赤磐市立石相小学校、赤磐市立豊田小学校、笠岡市立今井小学校、倉敷市立本荘小学校、新見市立唐松小学校、新見市立野馳小学校、熊山町立小野田小学校

8.34.広島県

安芸高田市立美土里小学校、江田島市立秋月小学校、尾道市立長江小学校、呉市立原小学校、庄原市立水後小学校、庄原市立比和小学校、廿日市市立佐方小学校、、東広島市立造賀小学校、東広島市立東西条小学校、東広島市立平岩小学校、東広島市立吉川小学校、広島市立可部小学校、広島市立亀山小学校、広島市立倉掛小学校、広島市立鈴が峰小学校、広島市立梅林小学校、広島市立幟町小学校、広島市立白島小学校、広島市立古市小学校、広島市立真亀小学校、広島市立湯来西小学校、福山市立神村小学校、福山市立能登原小学校、福山市立湯田小学校、府中市立国府小学校、三次市立君田小学校、三次市立小童小学校、安芸太田町立松原小学校、瀬戸田町立瀬戸田西小学校、世羅町立大田小学校、東城町立八幡小学校、府中町立府中東小学校、美土里町立北小学校、なぎさ公園小学校

8.35.山口県

岩国市立愛宕小学校、岩国市立乙瀬小学校、岩国市立叶木小学校、岩国市立川下小学校、岩国市立装港小学校、岩国市立天尾小学校、岩国市立平田小学校、岩国市立由宇小学校、岩国市立六呂師小学校、宇部市立琴芝小学校、宇部市立西宇部小学校、下松市立江の浦小学校、下松市立笠戸小学校、下松市立下松小学校、下松市立豊井小学校、下松市立花岡小学校、山陽小野田市立埴生小学校、下関市立阿川小学校、下関市立宇賀小学校、下関市立王江小学校、下関市立小串小学校、下関市立川中小学校、下関市立川中西小学校、下関市立清末小学校、下関市立名池小学校、下関市立西市小学校、下関市立向山小学校、下関市立室津小学校、周南市立今宿小学校、周南市立櫛浜小学校、周南市立久米小学校、周南市立粭島小学校、周南市立遠石小学校、周南市立徳山小学校、徳山市立馬島小学校、長門市立通小学校、長門市立油谷小学校、萩市立川上小学校、萩市立越ヶ浜小学校、萩市立椿西小学校、萩市立明倫小学校、光市立浅江小学校、光市立上島田小学校、光市立周防小学校、光市立三井小学校、光市立室積小学校、防府市立華浦小学校、防府市立牟礼小学校、美祢市立赤郷小学校、美祢市立於福小学校、美祢市立下郷小学校、美祢市立田代小学校、山口市立阿知須小学校、山口市立井関小学校、山口市立大歳小学校、山口市立嘉年小学校、山口市立興進小学校、山口市立名田島小学校、柳井市立相浦小学校、柳井市立伊保庄小学校、周東町立三瀬川小学校、周東町立祖生東小学校、周防大島町立明新小学校、周防大島町立和田小学校、田布施町立麻郷小学校、徳地町立柚野小学校、錦町立深須小学校、美川町立根笠小学校、和木町立和木小学校、山口大学附属小学校

8.36.徳島県

阿南市立羽ノ浦小学校、阿波市立土成小学校

8.37.香川県

さぬき市立志度小学校、さぬき市立中央小学校、高松市立川東小学校、高松市立木太南小学校、高松市立築池小学校、高松市立檀紙小学校、高松市立牟礼北小学校、高松市立栗林小学校、東かがわ市立福栄小学校、丸亀市立城北小学校、丸亀市立富熊小学校、綾上町立山田小学校、綾川町立滝宮小学校、多度津町立四箇小学校、土庄町立大部小学校

8.38.愛媛県

今治市率鴨部小学校、今治市立城東小学校、宇和島市立成妙小学校、宇和島市立畑地小学校、宇和島市立遊子小学校、大洲市立大和小学校、四国中央市立金生第二小学校、四国中央市立豊岡小学校、四国中央市立中之庄小学校、四国中央市立三島小学校、松山市立久米小学校、松山市立清水小学校、松山市立椿小学校、松山市立野忽那小学校、松山市立余土小学校、八幡浜市立真穴小学校、城川町立高川小学校、砥部町立麻生小学校、砥部町立宮内小学校、松野町立松野南小学校

8.39.高知県

高知市立鏡小学校、須崎市立横浪小学校、中村市立中村小学校、越知町立黒石小学校

8.40.福岡県

朝倉市立立石小学校、飯塚市立内野小学校、糸島市立加布里小学校、糸島市立長糸小学校、大野城市立御笠の森小学校、大牟田市立玉川小学校、大牟田市立吉野小学校、春日市立春日原小学校、春日市立天神山小学校、北九州市立青山小学校、北九州市立足原小学校、北九州市立大原小学校、北九州市立鴨生田小学校、北九州市立企救丘小学校、北九州市立黒崎小学校、北九州市立藤松小学校、北九州市立本城小学校、北九州市立守恒小学校、太宰府市立国分小学校、福岡市立入部小学校、福岡市立西長住小学校、福岡市立東住吉小学校、福岡市立美野島小学校、福岡市立姪浜小学校、前原市立雷山小学校、宇美町立宇美東小学校、遠賀町立広渡小学校、苅田町立苅田小学校、苅田町立馬場小学校、大刀洗町立本郷小学校、立花町立北山小学校、築城町立小山田小学校

8.41.佐賀県

有田市立保田小学校、唐津市立竹木場小学校、佐賀市立勧興小学校、佐賀市立若楠小学校、武雄市立武雄小学校、吉野ヶ里町立三田川小学校

8.42.長崎県

壱岐市立沼津小学校、長崎市立勝山小学校、長崎市立坂本小学校、長崎市立新興善小学校、長崎市立磨屋小学校、長崎市立南大浦小学校、長崎市立横尾小学校、平戸市立平戸小学校、平戸市立宝亀小学校、時津町立鳴鼓小学校、長与町立洗切小学校

8.43.熊本県

阿蘇市立碧水小学校、天草市立御領小学校、天草市立本渡北小学校、牛深市立池田小学校、熊本市立出水南小学校、熊本市立帯山小学校、熊本市立帯山西小学校、熊本市立川上小学校、熊本市立桜木小学校、熊本市立城東小学校、熊本市立白川小学校、熊本市立砂取小学校、熊本市立碩台小学校、熊本市立託麻原小学校、熊本市立月出小学校、熊本市立壷川小学校、熊本市立花園小学校、熊本市立東町小学校、熊本市立若葉小学校、本渡市立下浦第一小学校、水俣市立湯出小学校、八代市立金剛小学校、菊鹿町立城北小学校、矢部町立下名連石小学校、水上村立岩野小学校、南阿蘇村立久木野小学校、南阿蘇村立長陽西部小学校

8.44.大分県

大分市立明野北小学校、大分市立荷揚町小学校、大分市立判田小学校、大分市立東大分小学校、大分市立明治小学校、杵築市立朝田小学校、佐伯市立上野小学校、佐伯市立渡町台小学校、竹田市立志土知小学校、竹田市立豊岡小学校、中津市立和田小学校、日田市立大山小学校、日田市立桂林小学校、日田市立三芳小学校、豊前市立大村小学校、別府市立北小学校、別府市立鶴見小学校、別府市立緑丘小学校、別府市立南小学校、真玉町立真玉小学校

8.45.宮崎県

串間市立大平小学校、串間市立本城小学校、小林市立南小学校、日南市立油津小学校、延岡市立方財小学校、都城市立梅北小学校、都城市立明道小学校、宮崎市立赤江小学校、宮崎市立生目小学校、宮崎市立大久保小学校、宮崎市立小戸小学校、宮崎市立小松台小学校、宮崎市立恒久小学校、宮崎市立西池小学校、宮崎市立宮崎港小学校

8.46.鹿児島県

阿久根市立田代小学校、阿久根市立脇本小学校、奄美市立小宿小学校、奄美市立朝日小学校、伊佐市立羽月小学校、伊佐市立南永小学校、いちき串木野市立旭小学校、いちき串木野市立照島小学校、指宿市立丹波小学校、指宿市立柳田小学校、鹿児島市立桜丘東小学校、鹿児島市立柴原小学校、鹿児島市立高免小学校、鹿児島市立名山小学校、鹿児島市立西谷山小学校、鹿児島市立西田小学校、鹿児島市立本城小学校、鹿児島市立本名小学校、鹿児島市立宮小学校、鹿児島市立山下小学校、鹿児島市立和田小学校、鹿屋市立大姶良小学校、鹿屋市立西俣小学校、鹿屋市立古江小学校、霧島市立上小川小学校、霧島市立国分小学校、霧島市立国分北小学校、霧島市立国分西小学校、霧島市立塚脇小学校、薩摩川内市立浦内小学校、薩摩川内市立亀山小学校、薩摩川内市立隈之城小学校、薩摩川内市立大軣小学校、薩摩川内市立高来小学校、薩摩川内市立西山小学校、薩摩川内市立平佐東小学校、薩摩川内市立水引小学校、志布志市立田之浦小学校、曽於市立恒吉小学校、日置市立伊作小学校、枕崎市立枕崎小学校、南九州市立松原小学校、南さつま市立大浦小学校、南さつま市立笠沙小学校、南さつま市立川畑小学校、南さつま市立万世小学校、知名町立上城小学校、知名町立住吉小学校、長島町立汐見小学校、山川町立徳光小学校、与論町立茶花小学校、与論町立与論小学校

8.47.沖縄県

石垣市立川原小学校、那覇市立久茂地小学校

8.はだし教育に関するSNS投稿

福山市立能登原小学校



今日は朝から能登原小学校で仕事。閉校まであと4ヶ月と少し。いよいよ、149年の幕を閉じる空気感が町にも漂ってきた気がします。四季を通じて裸足っ子。今日も子どもたちの映像を撮っていたら手足にまとわり付いて来て大変です。笑。被写体がカメラ前から居なくなっちゃうんだから。 pic.twitter.com/ZqdeV16ZKm

— Pico de Orizaba (@Kenichiro_INFO) October 29, 2021
@hiroshima_tssnews 福山市では児童数の減少でこの春6つの小学校が閉校となりました。明治、大正、昭和、平成、令和の時代を経てきたある能登原小学校の最後を取材しました。#閉校 #小学校 #歴史 #tiktokでニュース ♬ オリジナル楽曲 - 広島ニュースTSS

世田谷区立給田小学校

おはよしおか~ ~ ~☀︎

こないだ母校の小、中学校へ久しぶりに遊びに行ってみたよ😆
小学校全部建て替えて新しくなってたけど、はだしの伝統は消えてなさげ👣
そう、校庭でははだし👣の学校だったのです!
すなわち裸足少女だったのです!!←

行ってきます☺️🙌🏻 pic.twitter.com/yd92iL0sqD

— 吉岡由梨子 (@y_y219) February 15, 2018

東松山市立青鳥小学校

青鳥小学校ではすあしの生活を支える環境として近くを流れる清水を生かした「すあし川」を整備しています。今年も5月18日から、この川での遊びが解禁となりました。青鳥小学校では水と緑の中で元気に遊ぶ子どもたちの元気な声が響いています#東松山 pic.twitter.com/gqkQihjDW1

— 東松山市公式 (@e_matuyama_city) May 19, 2015

春日部市立小渕小学校

【小渕小学校はだしのラストラン】今日は小渕小学校で、「はだしの教育」集大成として在校生にその走りと魂を見せる、6年生によるはだしの「ラストラン」が行われました。6年生は寒空の下、見事に走り切りました。 #春日部 pic.twitter.com/n1Qr3bCVe9

— 春日部市 (@KasukabeCity_PR) March 11, 2015

津市立村主小学校
琴浦町立八橋小学校

9.番外編

ここではnorimakiの母校(横浜市内の某学校です)の取り組みを、自宅に残っていた当時の学校だよりから見ていきたいと思います。この学校は「はだし教育」を標榜していたわけでは無かったのですが、それでも、体育の授業等にはだしを取り入れていたことが分かります。

学校だより(1981年7月1日発行) asi 保健だより(1981年7月20日発行) asi 学校広報(1982年3月1日発行) asi 保健だより(1982年12月24日発行) asi

10.関連リンク

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会津若松市立第六中学校
和木町立和木中学校
岩国市立平田中学校
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はだし教育新聞記事

2022年6月18日公開 2024年9月1日更新