優奈の通う私立聖緑学園女子高校は、創立10年目という新設校ながら、この辺りでは進学校で知られているのだが、その反面校則が厳しいことでも有名な学校だった。特に、その校則の中でも、生徒たちから恐れられていたのが、「遅刻を3回すると1週間校内では裸足で過ごさなければいけない」という、ある意味罰ゲームのようなものだった。もっとも、進学校であるゆえ、始業前に自習室で勉強する生徒も多かったので、その校則が適用されることは今まではなかったのだが。
優奈も成績自体は悪くなかったのだが、唯一の欠点は、朝起きるのが苦手なことで、まさに今日、とうとう学園始まって以来の、その3回目の遅刻をやらかしてしまったのだ。優奈は始業チャイムと同時に校門に滑り込んだつもりだったのだが、残念ながら一歩、いや半歩おそかったらしく、そこにいた風紀担当教師の石川に時計とにらめっこしながら
「三崎、とうとう3回目の遅刻だな」
と無情の声を優奈にかけられたのだ。
「三崎、遅刻3回の罰ゲームが何か知っているな」
「…はい」
「じゃあ、まずそのローファーと靴下を脱ぎなさい」
「えっ、ここでですか!?」
優奈は、裸足にならないといけないことは知っていたが、それは校舎内だけの話で、校門で裸足にならないといけないとは思っていなかった。なにしろ、ここから校舎の入口までは砂利道を100メートルほど歩かなければいけない。
「三崎、校則をちゃんと読んでいないな。校舎内、ではなく校内で裸足なんだぞ。あと、言っておくけど校内に靴と靴下を持ち込むのも禁止、と書いてあったはずだ。」
「えっ、靴も持ち込んじゃダメなんですか?」
「そうだ、ダメだ」
ダメ、と言われても、ここには靴を置いておく場所が無い。仕方がないので、校門の脇にある植え込みの中に隠しておかざるを得なかった。しかも今日だけではなく、今日から一週間の間、優奈の下駄箱は、この植え込みの中になることが確定したのである。それが嫌なら自宅から裸足で通学しなければいけない。
そんな石川とのやりとりをしていると、もうすでに15分以上が過ぎていた。優奈は裸足のまま、砂利道の上を校舎に向かって歩き出した。砂利、といっても中には少し大きめの石があり、うっかりその上に乗ると優奈の足の裏の一点に全体重がかかり、激痛が走る。思わず体がよろけそうになるのをなんとかこらえながら、どうにか校舎の入口までたどりついた。
「やれやれ、まったく最悪だ。わたしの靴は放課後まで無事かしら?猫にでも咥えられて、どこかに行ってしまわないかしら?」
そんなことを考えながらため息交じりに自分の足の裏を見てみると、ところどころに砂や小石の粒がめり込んで、小さなクレーターのようなものがいくつもできていた。優奈は片足立ちのまま、足の裏についたものを手で払いのけると、その砂粒が床に落ちるときにパラパラと音を立てた。
廊下を裸足のままペタペタ歩き、教室に入ると、もう他のクラスメイトは全員着席しており、ドアの開く音に反応して一斉に優奈のほうに視線を向ける。そして次の瞬間にはその裸足の足元に視線を落とした。優奈に対する羞恥罰ゲームの始まりだ。
裸足の罰ゲームは、教室での授業中はもちろん、校庭での体育の授業も、トイレに行くときも、掃除の時間もすべて裸足で過ごさなければいけない。当然のことながら、時間がたつにつれて優奈の足の裏は学校内に落ちているあらゆるゴミを吸い付け続け、放課後を迎えるころには土踏まずの部分を残して真っ黒にペイントされたような感じになっていた。優奈は校舎内がこんなにも汚れているということに、自分の足の裏を見ることではたと気づかされたのだ。
さて、帰りのホームルームの時間の冒頭、担任の大河が優奈を指名した。
「三崎さん、ちょっと前に出てきなさい」
促されるままに優奈が教卓の横に立つ。一体何を言われるのかと思っていると、教卓の上で四つん這いになることを指示された。四つん這い、といってもクラスメイトに背中を向けるような向きを指定されたので、優奈の足の裏はクラスメイト全員の眼に触れることになる。
「どうです、みんな。三崎さんの足の裏はどんな感じですか?日直の佐々木さん、感想を言ってみてください」
大河の指名で佐々木が立ち上がると
「すごく、汚いです。ゴミがいっぱいついて真っ黒になっています」
と率直な意見を述べる。
この罰ゲーム校則は、遅刻者にこうして羞恥心を与え続けることで二度と遅刻をさせないように、という意味合いもあるのだった。
「そうですね。本当に真っ黒で汚いですね。でも、これは三崎さんが遅刻をしたからいけないのですね。これからの一週間で、もっともっと、洗っても汚れが落ちなくなるくらいまで、足の裏を真っ黒にしてもらいましょう。」
大河はそう言うと、さらに続けて
「はい、みんな、今から紙を配るので、それに三崎さんの足の裏を見たときの感想を書いてください。そうそう、三崎さんはそのみんなが書いた感想文を明日の朝のホームルームで読み上げてくださいね」
と付け加えた。
大河の指示に答えるように、クラスメイトたちはいっせいに紙に何かを書き出した。紙とシャープペンが擦れる、カツカツという音が教室内に響き渡る。その間、優奈は真っ黒に汚れた足の裏をクラス全員にさらしながら、四つん這いの姿勢を取り続けさせられていた。
「先生、もう少し近くで見てもいいですか?」
不意にだれかがそう声をあげた。大河がそれを許可すると、生徒のうち何人かが優奈の足の裏の前に群がり、あるものは手で仰ぎながらそのニオイを嗅ぎ、またある者はシャープペンの先で足裏をツンツン触っている。その刺激に耐えられず、優奈の体がピクッを反応した。
「汚いね」「クサそうだね」「ううん、さっきちょこっとかいでみたけど変なニオイがした」「優奈ちゃんの足ってクサかったんだね」ヒソヒソ話す声が優奈にも聞こえてくるが、なにぶん背後で話されているので誰の発言が聞き分けることはできなかった。
そんな時間が20分ほど続き、この日の授業は解散となった。こんな生活がこれからまだ一週間も続くのかと思うと、優奈はすっかり憂鬱になってしまった。だいたい、足の裏というのは他人にまじまじ見られるような場所でもないし、しかもそこがゴミで真っ黒に汚れている、というのが恥ずかしさに拍車をかけている。
優奈専用の(?)、校門脇の茂みの下駄箱までは、また裸足で戻らなくてはいけない。登校時は自分ひとりだったので良かったが、帰りはクラスメイトだけでなく、他クラスや他学年の生徒にまでジロジロみられるので、その羞恥心は何倍にもなっている。できるだけ彼女たちと視線を合わせないように、うつむき加減で校門を出て、茂みのなかから靴と靴下を発掘すると、とりあえず裸足のまま靴だけ履いて、その場を急ぎ足で後にした。
2日目も昨日と同じように、優奈は校門脇の茂みの中にローファーと靴下を隠し、そこから裸足で教室に向かった。
そして朝のホームルームで、昨日の帰りに話が当た通り、優奈の汚れた足の裏を見たクラスメイトの感想文を読み上げることになった。感想文は匿名なので、誰が書いているのかわからない。そして匿名ゆえに気兼ねなく好き勝手書ける、ということもあり、その内容は優奈が想像していた以上に激しいものだった。
「はい、三崎さん、さっそく順番に読んでいってください」
大河に促されるままに、手渡された感想文を順番に読んでいく。
「昨日、優奈ちゃんは遅刻をしたのでその罰で裸足で過ごしていました。一日裸足で過ごしたその足の裏は、びっくりするほど真っ黒に汚れていました。その汚い足の裏をよく見ると、髪の毛とかシャープペンの芯のかけらとか、いろんなものがくっついていました。誰かの食べたお弁当のカスのご飯粒みたいのがつぶれたものもくっついていて、とってもクサそうでした。」
「三崎さんの足の裏はとても汚くて変なニオイがしてそうだったけど、遅刻3回の罰にしては学校内だけ一週間裸足、というのは少し甘すぎる気がします。通学用の靴を没収して、家から裸足で来てもらうとか、上履きを捨てるか燃やすかして、この先ずっと裸足じゃないと生活できないようするとか、そのくらいしないと遅刻は減らないと思います。」
この2番めの感想を読み終えたとき、大河もその内容に同意したような感じで
「そうね。確かに裸足の期間をもう少し長くしたほうが良いかも知れませんね」
そして
「三崎さん、ちょっと上履きを持ってきてもらえますか」
と続けた。
優奈は昇降口まで自分の上履きを取りに行き、そして教室に戻ってきてからそれを大河に手渡した。
大河はそれをじろじろ見てから
「あらー、ずいぶん汚い上履きね。中敷きに足の裏の形がべったり黒くついてしまっているじゃないですか。ちゃんと毎週持って帰って洗わないといけないのに、それをさぼっているみたいですね。」
「こんな汚い上履きがあるだけで、学校も汚く見られそうなので、これはもう捨ててください」
すると、クラスメイトの一人が
「えー、どんなに汚いんですか?足形の汚れがわたしにも見えるようにしてください」
と言ったので、大河は教卓の中からハサミを取り出し、優奈の上履きを上下二つに切り裂いて見せた。こうすると、中敷きの部分が露わになる。
「ほら、皆さん、これでよく見えますか。でもこの汚れは裸足になる前についたものだから、三崎さんは普段から足の裏が汚かったんですね」
「みんなもこんな風に汚くならないように、きちんと自分の足と上履きは洗っておいてくださいね」
そういうとそのまま教室の後部にあるゴミ箱のところまで行き、そのバラバラになった上履きを捨ててしまった。ゴミ箱から救出したとしても、上下二つに分離した上履きは、もう履くことはできないので優奈もあきらめるより他なかった。
そして同時にこのことは、罰ゲームの一週間が過ぎても、優奈が教室内で上履きを履く権利を剥奪されたのと同じことを意味するものだと感じられた。
三日目は、朝は晴れていたのに昼前に突然の豪雨があった。雨の時間は30分ほどだったのだが、その間はそれこそバケツをひっくり返したような、という表現が一番ふさわしいような降り方だった。普段であれば、登下校の時に降られなくて良かったな、と思えるのだが、優奈は授業中も気がきではなかった。というのも、朝の段階ではここまで大雨になると思っていなかったので、ローファーと靴下はいつものように茂みの中に置いてきたのだ。雨に濡れてびしょびしょになっているまでは仕方ないが、どこか遠くへ流されでもしようものなら、それこそ一大事だ。まあ、そうはいっても「雨に濡れるから」という理由で靴を校内に持ち込むことができないのは分かっているのだが。
さて、放課後になると今まで2日間よりも急ぎ足で校門脇の茂みに向かい、おそるおそるその中を覗いてみたのだが…
朝置いておいたはずのローファーと靴下はそこにはなく、泥水が流れた痕跡があるのみだった。その痕跡は道路わきの側溝へと続いている。おそらく、ローファーも靴下もこの側溝を流されていったと思われるのだが、そこには泥が堆積しており、仮にそれらがあったとしても埋もれてしまって見た目にはわからなくなっている。
優奈はしばらく考えたのち、裸足のまま側溝の中に入った。水分を含んだ茶色い泥が、その指の隙間からムニュっと飛び出してくる。ここからはすり足気味に泥の中を進んでいく。もし、埋もれた靴があれば、その感触が足の裏から伝わってくるはずである。裸足のまま側溝の中を進んでいる女子高生、というのは傍目にも奇妙な風景で、下校する生徒たちはもちろん、ときどき通る一般の通行人からの視線も感じるが、優奈にそんな余裕はなかった。聖緑学園のローファーは学校指定のものなので、これが見つからないと明日以降は登下校も裸足になってしまうのだ。
側溝を進んでいくと、中にたまっているのは泥だけでなく、木の小枝や石もあり、それらが足の裏にぶつかるとかなり痛い。優奈は足の裏を切らないよう、できるだけ体重をかけないようにしながらゆっくり進んでいった。そして、20メートルほど進んだところで、ようやく足の裏に靴の感触を得たので、そこで泥を掘り返してみると、やはり泥だらけになったローファーを発掘することができた。
優奈は側溝から外に出た。足はくるぶしの辺りまで泥がベッタリと貼りついており、さながら茶色の靴を履いているみたいになっている。ローファーの中に手を突っ込み、履き口の中にたまった泥がゴミを掻き出してはみたものの、とても履けるような状態のものではない。
「まあ、見つかっただけ良しとしないといけないのかもね。今日は裸足のまま帰って、おうちに帰ったらきれいに洗おう。でも、明日までに乾かなかったら明日は裸足で学校いかないといけないのかも。」
ため息交じりにそんな独り言を言いながら、帰りのバスが来る停留所に向かった。
ちなみに、靴下はもうどこに行ってしまったのかすっかり分からなくなっていたので、優奈はその捜索をあきらめていた。